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ミンツバーグの組織論(6)

ミンツバーグの組織論(6

 

(6)境界の曖昧さと組織デザイン

 

組織から外へ、外から組織へと流動的な形態も多く見られるようになっている現代の組織の課題として、本書は組織と外界との境界について考察を進めます。

20世紀までの組織が組織の内と外を分ける境界をより強く確立するものだったのに対して、21世紀は内も外もネットワークでつながることで、境界を崩し、組織が外へと発展する方向に変化していることは、誰しも認めることでしょう。言い換えると、経営資源の囲い込みやバリューチェーンの拡大を通じて巨大化する組織から,外部資源とのつながりや組織間での経営資源の相互活用を重視する組織に変わってきているのです。

そこで著者は、外へと向かう組織の手法として6つを指摘します。すなわち、外へ延びるネットワーク、契約によるアウトソーシング、提携による合弁事業、部外者を参加させるプラットフォーム、共通の目的に向けた「合同」、テーブルを囲む寄り合い、というものです。

「外へ延びるネットワーク」は、公式化される必要はなく、自然発生的に行われます。ネットワーキングそのものが組織の内部でも外部でも昔から行われてきたものです。取引相手や納入業者との交流、地域コミュニティとそこにある企業との交流イベントなど、例を挙げれば限がありません。

昔との最大の違いは、SNSの登場により個人のネットワークづくりの範囲が飛躍的に大きく広がったことです。人があれば、ネットワークも気がつけば世界中に延びているのです。

「契約によるアウトソーシング」は、従来は組織内で行っていた活動を契約により外部の組織や個人に発注するものです。一度アウトソーシングを始めると、組織の境界線は曖昧になり始めます。建設業界でのサブコントラクター、オフィスの清掃業務、人材採用などが例示できます。

著者が指摘しているわけではありませんが、日本ではすべてをアウトソーシングと一括りに称するわけではなく、外注や業務委託という形態もあります。また、社外取締役というのも、企業経営を委任契約により社外に委ねるアウトソーシングであるとも言えます。

契約によるアウトソーシングの肝は、自社のコア・コンピタンスを見極めることです。これはアウトソーシング全般について言えることですが、自社の競争力を左右するのは、どのような組織能力なのか、一方コアとは言えない組織能力は何なのか、的確に判断することがマネジメントに不可欠です。

「提携による合弁事業」は、独立した組織同士が一時的に提携してジョイントベンチャー(合弁事業)を組成して、特定の製品・サービスの開発・生産・販売などを行うものです。行政や非営利団体が参画するパートナーシップもこの形態のひとつです。

「部外者を参加させるプラットフォーム」は、アウトソーシングの裏返し(インソーシング)で、組織がプラットフォームの形を取り、部外者にそのプラットフォームを利用させます。典型的な例はウィキペディアです。また、オープンソースのコード開発も同様です。

この組織の特徴として、次の4点が指摘されています。

 

  メンバーとメンバー以外の境界線が流動的で非公式

  ボランティア労働を大々的に取り入れている

  情報に基づくプロダクトを提供している

  知識の共有が大掛かりに実行されている

 

著者はウーバーを例に、この形態とアウトソーシングの違いをコメントしていますが、ウーバーはプラットフォームを主張するのに対して、著者はドライバーをアウトソーシングしたタクシー会社にしか思えないと述べています。上の特徴を鑑みると、ウーバーについては著者の主張のほうが妥当でしょう。

 「共通の目的に向けた『合同』」は、いくつかの組織が一緒になって自分たちのために共通の機能を実現することを目指す「インサービス」のひとつです。プラットフォームと似ているようでも、特定の組織が全てを取り仕切るわけではなく、既に誰かが用意したプラットフォームを利用するだけでもなく、参画する組織が自らメンバーとしてプラットフォームを作り利用するところに違いがあります。

「テーブルを囲む寄り合い」は、決まったメンバーが共通の関心事のために集まる形態です。コンソーシアム、チェンバー、アライアンス、アセンブリーなど呼び方は様々ありますが、共通の関心事について定期的に集まって、話し合ったりロビー活動を行ったりするものです。日本には業界団体や企業グループが伝統的に存在しますが、業界団体や企業グループもテーブルを囲む寄り合いの一種でしょう。

組織の境界が曖昧になるに従って、組織の形態も新たなものが必要となるでしょう。そのデザインを行うプロセスを開放することで、既存の類型を超える組織の形態を探求するように、本書は最後に要請します。このプロセスは、著者にとっては楽しみであるかもしれません。人間と同じく組織も同じものは二つとないことを改めて指摘した上で、行動としての組織デザインを通じて、マネジメントとして実際に組織をデザインしていくことを求めます。

言い換えると、マネジメントに携わる者は、本書で記述される組織形態の基本的な類型や現代における方向性などに留意して、組織の大小や構成メンバーの数や質の違いはあってもマネジメントすべき組織をどのように構築し運営するのか、自らデザインすることが仕事なのです。

この仕事=組織デザイン=に示唆を与える者として横山禎徳氏を挙げていますが、その著作はこちらに紹介しています。実際に組織デザインを進める上で留意すべきポイントを整理しています。本書とセットで組織デザインのガイドブックとなるでしょう。

 

本書全体を通じて強く感じることが二つあります。

ひとつは、組織を考える上での文脈の重要性についてです。例えば、著者は、プログラム型組織におけるオペレーターは、一種の人間疎外に置かれているように描いていますが、この課題はTQMや改善活動などでクリアできるのではないかと感じるところです。欧米式の人間観や労働観に基づくマネジメント、更に言えば、階級社会の残滓が強い社会(それが世界の大半かもしれませんが)における組織のありかたが、著者にとって暗黙の前提となっているように思われます。

この文脈で言えば、日本も相当程度に欧米化してきているとはいうものの、依然としてそうではない要素も強く残っている社会である点を考える必要があります。ここからジョブ型ではなくメンバーシップ型の人事が行われているという主張が意味を持つはずです。

もうひとつ強く感じるのは、著者にとって組織形態を考察することは、きっと官僚制の弊害と闘うことと同義なのだろうということです。実際、ページ数で見れば、本書はプログラム型組織を官僚制から脱却させるかを問うものと言っても構わないでしょう。確かに、大規模な組織ほど官僚制の弊害から脱却できない現実は、世界中に看て取れます。この問題意識は著者と共有できるものではあります。

そして、ダメな組織は死を迎えるのみ、賞味期限切れの組織を維持するほうこそコストがかかる、という著者の主張は明快です。こうした発想はなかなか日本では理解されないし、理屈ではわかっていても実行するとなると反対ばかり、というのが現実でしょう。現代の日本という文脈において本書が論じる最も重要なポイントは、正にここなのです。

 

文章作成:QMS代表 井田修(20241020日更新)