仕事に対して処遇するには(1)
これまでのように属人的な要素を重視して処遇を決定することから、「仕事」を起点として処遇の考え方や仕組みを取り決めるように切り替えていくのは、ここ数十年にわたって当たり前のように取り組まれてきたはずです。しかし、現状を鑑みるに、「仕事」を処遇の基軸に据えて人や組織のマネジメントを行っているのは、規模の大小や社歴の長短などに関係なく、まだまだ数少ない組織に限られていると思われます。
伝統的な組織にとって旧来の考え方ややり方が依然として残存しているのは、ある程度は仕方がないことと思われるかもしれませんが、つい最近できたばかりのスタートアップ企業やNPO法人などでも、処遇は人を見て決めている例が実に多いと実感させられます。
そこで、改めて「仕事」を軸に処遇を決めるとは、どのようなことなのか考えてみたいと思います。今回のコラムで述べることは、人事政策上は極めて常識的な話ではありますが、「仕事」を処遇の基軸とすることと「人」を起点として処遇を決定することの違いを、経営者や人事責任者だけでなく一般の働く人たちも一度は整理してみる必要があるのではないでしょうか。
「仕事」を処遇の基軸とするには、まず最初に「仕事」を定義することになります。企業で言えば、経営トップから第一線の従業員まで、どのような組織構造で業務体制となっているのか、ひとつひとつの職務を洗い出して文章化することが求められます。日本の組織の大多数が明確にしてこなかったのがこの点です。現に誰が担当しているのかではなく、本来あるべき仕事を明らかにします。
次に、「仕事」に人を当て嵌めることになります。この人がいるからこの仕事を任せる、という思考経路ではなく、この仕事があるから誰か適任者を探すというアプローチです。
新たに設けたポストであれば、社外から募集することもあれば、社内で希望する人がいればその人を異動させることがあるかもしれません。いずれにしても、果たすべき役割であったり達成すべき業務目標であったりする、具体的に「仕事」として取り組むべき内容とその結果として期待されるものが、どの程度実現されそうかを見定めて人を選ぶことになるでしょう。
「仕事」に人を当て嵌める時、実際には「仕事」を起点に処遇のルールを決めて雇用条件として提示する必要があります。雇用条件というのは、通常は就業規則で一律に定める事項ですが、就業条件・報酬(額や支払い形態など)・福利厚生及び就業条件や付帯的な条項などを詳細にわたって、個別の「仕事」に応じて定めるのが本来の姿です。ここで就業規則は、個別に雇用条件を取り決める際にベースとして準拠したり、法令や社内規則などによる越えてはならない一線を明示したりするものです。
そして「仕事」に従事して一定の時間が経過した後、何らかの結果が出るはずです。それを評価して当初定めたルールに従って次の処遇を行うことになります。
ただ、「仕事」を基軸として処遇を決める以上、いかに結果が目覚ましく素晴らしいものであったとしても、その「仕事」自体がなくなることもありえます。「仕事」がアウトソーシングされることもあれば、AIの活用などが進んで業務のシステムやプロセスが抜本的に変わり「仕事」の内容が一変してしまうことも珍しくはありません。それらの場合、改めて「仕事」を定義し、その仕事に対する処遇を雇用条件などで提示した上で、改めて人の募集を行うのが筋です。
原理的には、「仕事」の定義が変われば、一旦は解雇(雇用契約の破棄)ということになります。ここで言う解雇というのは、組織全体の業績不振による整理解雇や当該従業員の不祥事などによる懲戒解雇などとは全く違い、業績不振や不祥事といった問題が発生していなくても、「仕事」そのものが大きく変わった以上は既存の雇用契約は効力を失う、という原理的な要請によるものです。従って、解雇という表現自体が間違っているので、“雇用契約の失効”と呼ぶべき事象です。ときには「仕事」を人間が行う必要がなくなることもありますから、雇用契約を結びようがなくなる事態も発生する可能性すらあります。
もちろん、実務的には、組織が一方的に雇用契約を打ち切るわけではなく、就業規則を含めた雇用契約に予め定めている手続きに従って、退職金の割増や転職支援プログラムの活用などを行うことになるでしょう。念のために付言すると、委任契約に基づく役員は、期間の満了を含む契約の失効により退任するのは、雇用契約者とは異なり、その場で即時です。
ちなみに、既に現実に「仕事」を軸として雇用されている人々も多数存在します。その大多数は非正規雇用という括りで呼ばれている被雇用者です。実際、外食産業や小売業などのように特定の店舗で働くことを前提に雇用された人々は、その人個人がいかに優秀であったとしても、その店舗がなくなれば雇用されなくなるでしょう。
このように、変わるのは人から「仕事」へ処遇の基軸だけではありません。「仕事」が処遇の基軸である組織で働くには、働く人自身の労働観やワークスタイルも見直すことが要請されます。組織によっては、属人的なメンバーシップ型の処遇しか知らない人々を総入れ替えしなければならないかもしれません。その時になって慌てることなく、早めに頭を切り替えておくべきでしょう。もちろん、経営者や人事責任者の頭の切り替えを先に行っておくことは論を俟ちません。
さて、「仕事」に対して処遇することを考えるには、これまで述べたように次の5点について検討することになります。
l「仕事」を定義する
l「仕事」に人を当て嵌める
l「仕事」を起点に処遇のルールを決めて実施する
l「仕事」が処遇の基軸である組織で働くには
l「仕事」が処遇の基軸である組織を経営するには
原理原則で考えると、「仕事」に対して処遇を決めるには、事前の要求や期待と事後の検証が重要です。「仕事」に対して処遇するということは、個々の仕事または仕事の種類に応じて処遇を決めるということです。言い換えれば、仕事に銘柄や格付けがなされて、その銘柄や格に応じて報酬や扱いが決まるということです。
あくまで「仕事」が起点であり、個人の学歴・職歴や能力・適性及び事情(家族状況・居住地など)やその他の属性(性別、国籍、入社区分など)などに対して処遇を考えるわけではない点に注意しなければなりません。こうしたことが、経営者や人事責任者の間でも誤解や混同がたびたび見られるというのが実感です。そこで、今回は「仕事」を軸として処遇する上でのそれぞれのポイントについて考察を進めていこうと思います。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年2月19日更新)