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仕事に対して処遇するには(2)

仕事に対して処遇するには(2

 

仕事に対して処遇することを実現するには、まず仕事を定義することから始めなければなりません。これは、自明のことですが、現実の組織では「仕事」は必ずしも明確なものではありません。

大概の組織には副部長とか課長代理(補佐)といった役職がありますが、これらと副や代理や補佐がついていない本来の部長や課長という役職との違いを、個々の人の面ではなくて「仕事」の面ではっきりと区分できている組織は、あまり見られません。こうした役職が多発されていると、担当レベルと代理や補佐のレベルで同じ仕事をしていることも珍しくはありません。これでは「仕事」の定義はできません。

 一般に、「仕事」を定義するには、その前提として組織があり、その組織の中で果たすべき役割や責任に応じて役職があるはずです。ここで言う組織というのは、組織全体の事業目標や実現したいビジョンなどがあり、それらを実現する上での戦略があって、戦略を実行するために編制される組織のことです。その組織における役割や役職が分業と協業の組織編制の原理原則によって設定されます。これが本来の意味での「仕事」です。

つまり、組織あっての「仕事」であり、その内容は組織上の位置づけ、果たすべき責任、職務権限などから構成されるものです。そして、それらは組織全体のミッションや戦略などに応じて可変的なものです。もし、事業戦略が変わり、編制される組織が変われば、同じ職位名称に同じ個人がそのまま就いていたとしても「仕事」は変わるのです。

ここから仕事を定義すると、その仕事で期待される結果を生み出すためのある種の要件が記述されます。これを文書化してものを職務記述書(ジョブディスクリプション)といいます。この文書には通常、職務上の権限や果たすべき責任、それらを実現するのに特に重要視されるスキルやコンピテンシー、職務上必要とされる学歴・職歴・公的資格などが記されます。

定義された「仕事」についてそれぞれに名称があります。これをジョブタイトル(職位呼称)といいます。いわゆるCXOのような最高経営幹部レベルの仕事を表現するものもあれば、チーフソフトウエアエンジニアのように職務区分の名称(ソフトウエアエンジニア)と職務レベル(チーフ)の名称が組み合わされることで明示されるものもあります。CXOが執行すべき業務分野をXの部分で表している一方、チーフソフトウエアエンジニアは単独またはチームリーダーを兼ねながらソフトウエアを開発する役職位であることを示しています。

 

それでは、以下のような営業課長の職務記述書(ジョブディスクリプション)を通して「仕事」の定義について考えてみましょう。専門商社の東京支店にいくつかある営業課の課長についてのものです。

 

l  都内〇〇地域の顧客及び見込み客に対して、X事業部の製品及び付随するサービスを提供するチームをリーダーとして率いる

l  顧客及びその属する業界の動向、一般的な経済や景気の動向、その他社会的な動向などを感知し、課内に浸透させるとともに、営業情報システムを通じて全社及び営業部門全体で共有する

l  既存顧客及び見込み客についてその業容や動向、特に与信に関する情報について、社内外より絶えず収集・分析を行い、支店長及び関連部署に適時、報告・連絡を行う

l  年度の事業計画に基づき、東京支店営業〇課の達成すべき事業目標(売上高及び取り扱い数量、支店の営業経費予算、人材育成に関する事項など)を着実に達成する責任を有する

l  年度の事業目標や予算について、突発的な事象や急激な競争環境の変化などが起きた場合には、支店長及び営業の関連部門に対して期中に目標や予算の見直しを提案する

l  会社の方針、事業部の運営方針及び営業戦略、支店の運営方針及び営業計画などに従って日常の営業活動に自ら当たるとともに、営業課のリーダーとして5名程度の部下のマネジメントに当たる

l  部下及び営業課のパートタイマーやアウトソーシング先に対して直接、業務上の指示を行い、業務の進捗状況や例外的な事象について報告を受ける

l  日常の業務運営について、絶えず見直しを行い、より効率的な方法を検討し、必要な検証を経たうえで採り入れる

l  営業企画、DX推進、在庫管理、物流システム、経理、債権管理など関連部門との日常的なコミュニケーションを通じて、業務上の連携を実現する

l  健康経営やコンプライアンスなど会社が推進する施策について一社員として積極的に取り組むとともに、職場のリーダーとして課内での定着を図る

l  会社または営業部門として行うマネジメント研修や営業トレーニングに自ら参画するとともに、部下に参加を促す

l  営業担当としての経験が5年以上、当社の製品及び付随するサービスを取り扱った経験が3年以上、それぞれ実務として必要

l  マネジメント経験はある方が望ましいが、実務としてはなくても知識として有していること(社内講座のマネジメント基礎コース終了もしくはそれと同等以上のもの)は必須

l  職位呼称(ジョブタイトル)は東京支店〇〇営業課長とし、対外呼称も同じとする

 

職務記述書(ジョブディスクリプション)は、「仕事」の範囲・質と量・進め方・業績への貢献度などに関する事項を記したものです。

「仕事」の範囲というのは、会社全体、事業部門や職能部門、部門内の部署や複数の部門に跨る会議体、少人数のチームやグループ、個人レベルというように、関連する組織・人員・予算などの規模、国内やグローバルなどの地域的な広がりなどで規定されます。

「仕事」の質と量というのは、例えば営業担当が15件の顧客訪問を行うのと、1週間に1件の訪問を行うのとは、同じ職種で同じ部門であるとしても、明らかに違う仕事であると認識し定義することです。顧客訪問と一口に言っても、必ず商談のフェーズをひとつでも進めると定義するのと、定期的に顔を出すことに意味があると定義するのとではまったく違います。

また、書類に記入する数字ひとつをとっても、多少の間違いがあっても許容されるのか、ちょっとしたうっかりミスが人の生死に関わるのか、というように「仕事」に求める緻密さとか厳格さといった要素も、質と量を規定します。医療や交通のように、たった一度の間違いで災害が起こったり刑事事件に発展したりして、間違いを起こした当人は懲戒解雇ということもあり得ます。

「仕事」の進め方というのは、本人が自らの判断で単独で仕事を進めるのか、社内外の誰かと協力したり上長の指示や助言を受けたりしながら仕事をするのか、特定の業務システムを使わなければならないのか、などなどを規定することです。また、既に業務システムができ上っていてその流れに従って処理していけばよいもの、新たな仕事の設計・導入とか現在の仕事の改善(業務システムの見直しとか新たな手法の導入・効率化など)、部下・パートタイマー・アウトソーシング先などのマネジメント、社外組織との協力などが含まれることもよくあります。

業績への貢献度というのは、会社全体や事業部門に与える業績上のインパクトの違いに着目するものです。業績は、入り(売上や収入など)と出(コストや仕入れなど)を別々に担当させるのか、同じポジションで利益責任を持たせるのかによって、「仕事」の定義は大きく変わります。いわゆる利益責任を負うのか、売上またはコストのいずれかのみに責任を負うのかは、組織の組み立て、すなわち「仕事」の定義の仕方によって明確に異なります。

 

職務記述書(ジョブディスクリプション)では各項目の並ぶ順序も重要です。通常、組織としてこのポジションに期待し要求する順番で記述することが多いでしょう。この例では、チームリーダーであることや社内外の情報収集などが優先されていることが理解できます。なお、最後の3項目は「仕事」そのものの定義というよりも、この「仕事」を担当する上で求められる要件と組織上の名称についてです。

同じ営業課長でも、自ら直接顧客を持つのか、顧客は全て部下に持たせて自らは営業担当のサポート役に徹すのかで、仕事の定義は異なります。そして、それぞれの場合に、リーダーシップのありかたもフォロワーシップのありかたも変わります。

自らも顧客を持つのであれば、重要な顧客とか新規開拓が難しい見込み客を担当して、自ら実績を挙げてみせることで部下を引っ張っていくイメージが湧きます。一方、営業担当のサポート役に徹するのであれば、経験の浅い担当者には事前準備をしっかりできるまできめ細かく指導・助言したり、営業に同行して商談中に助け舟を出したり、ルールやシステムで売掛金の回収をタイミングよく行えた実例を紹介してあげたりするなど、動き方が違ってきます。

こうした違いを、組織全体で規定するのか、組織全体で一律に決めずに現場での裁量に委ねるのかによって、組織で求めるマネージャーのコンピテンシーも変わります。組織で一律に定めることをせずに、個々の現場で個々のマネージャーに任せるというのもひとつのマネジメント手法ですが、人事異動が行われるたびにマネージャーも部下も混乱が生じることが十分に予想されます。なぜなら、マネジメントのスタイルがマネージャーごとに違うので、互いに未知の手法であったり、経験したことがある部下もいれば未経験の部下もいるので、同じマネジメントスタイルでも受け止め方が人によって異なるからです。

マネジメントスタイルは異なるとしても、マネジメントを行う基準、すなわち、具体的な承認や起案の手順・要件などは職務分掌規程やマニュアルなどで示されていることが自明なので、ジョブディスクリプションには明記されません。ここに記すのは、営業のマネージャーとしての「仕事」の内容や進め方の特徴的なところです。

 

次に、同じ課の営業担当者の職務記述書(ジョブディスクリプション)を例に「仕事」を定義してみましょう。

 

l  担当する都内〇〇地域の顧客及び見込み客に対して、先方の課題を洗い出してその解決策を提案するのに、自ら企画書を作成しプレゼンテーションを行うなどして、X事業部の製品及び付随するサービスの提供につなげる

l  顧客及びその属する業界の動向、一般的な経済や景気の動向、その他社会的な動向などに気を配り、営業上の課題などは課内で共有する

l  既存顧客及び見込み客についてその業容や動向、特に与信に関する情報について、通常は日報を通じて営業情報システムに入力する

l  日常的な報告以外に緊急性・重大性などから重要な事項を察知した場合は、即時に上長に報告する

l  年度の事業計画に基づき、東京支店〇〇営業課の達成すべき事業目標(売上高及び取り扱い数量、支店の営業経費予算、人材育成に関する事項など)を着実に達成するために、積極的に活動する

l  年度の事業目標や予算について、突発的な事象や急激な競争環境の変化などが起きた場合には、対策などがあれば上長に対して上申する

l  会社の方針、事業部の運営方針及び営業戦略、支店の運営方針及び営業計画などに従って日常の営業活動に自ら当たる

l  営業課のパートタイマーやアウトソーシング先に対して直接、業務上の依頼を行い、業務の進捗状況や例外的な事象について報告を受け、自ら判断しかねる問題については上長に相談する

l  日常の業務運営について、絶えず見直しを行い、より効率的な方法を上長や同僚などに提案する

l  上長の指示の下、営業企画、DX推進、在庫管理、物流システム、経理、債権管理など関連部門との日常的なコミュニケーションを通じて、業務上の連携を実現する

l  健康経営やコンプライアンスなど会社が推進する施策について一社員として積極的に取り組み、他の社員がこうした施策に取り組む際に協力する

l  会社または営業部門として行う各種の営業トレーニングに積極的に参加する

l  学歴や職歴で必須のものはないが、普通運転免許は保有していること(日常的に必ず運転するとは限らないが、効率的な営業活動を行う上で営業車を運転することがある)

l  営業担当としての経験はある方が望ましいが、なくてもよい

l  営業の実務経験はなくても知識として有していること(社内の営業ベーシック研修終了もしくはそれと同等以上のもの)は必須で、当社の製品及び付随するサービスについて基礎的な知識は必要

l  職位呼称(ジョブタイトル)は東京支店〇〇営業課営業主任とし、対外呼称も同じとする

 

 実務担当者になるほど、職務を遂行するのに特に要するコンピテンシーやスキルのセットであるとか、「仕事」に取り組む姿勢やワークスタイルなどに関わる事項に言及することが多くなります。時には、営業日報の入力方法とか在宅勤務やリモートワークにおける社外からの報告システムの使い方などを、より具体的に記述ケースもあるでしょう。特に内勤とか事務系の「仕事」については、使うシステムやアプリまで特定し、その活用レベルを定義する必要があるかもしれません。

実際、「〇〇会議の議事録を作成する」というのか、「〇〇会議の議事録をWORDで作成し営業企画の共有フォルダーを通じて内容を共有する」というのでは、後者の場合、どういうソフトやアプリをどのように使うのか、また使えるレベルは社外の検定で定義するのか、実務的に問題なく使えればよいのか、明らかにしておく必要があります。

また、上長や上級者などの指示や監督がなくても独力で文書を作成するのか、取りまとめる内容だけでなくレイアウトや細部の表現や使用する語彙などもその場で指示を受けながら文書を作成するのか、作成における主体性の程度によっても「仕事」に定義は変わります。

個別具体的なツールや手法を定義するほど、すぐに実態に合わなくなる虞もあります。職務記述書(ジョブディスクリプション)を「仕事」に何らかの変更が生じる度に書き換えるのは理想的かもしれませんが、現実には無理な話です。できても、目標設定面接などの場で毎年定期的に見直すくらいでしょう。

なお、管理職であればジョブタイトルが組織上の職位呼称と同じというのが原則ですし、本人も関係者も現実的に理解しやすいものです。そうでない一般の社員の場合、どういう「仕事」であるのか一言で表現できると同時に、対外的にも通用することが望ましいでしょう。

この例で言えば、営業担当とかエリア営業というような呼称が適していますが、ここで例示したように職位階層をイメージさせる主任といった表現を用いることもあります。カタカナで言えばセールスレップ(レプレゼンタティブ)とかアカウントエグゼクティブと呼ぶのかもしれません。

 

最後に、「仕事」を定義する際に新卒採用者はどのような職務が適するのかという疑問について考えておきます。

職種別採用を行っているのであれば、その職種のスタートラインと位置づけられる職務、営業で言えば、営業アシスタントとか営業担当(未経験)といったものでしょうか。今回の例であれば、主任がつかない単なる営業という呼称もあり得そうですし、営業事務として直接顧客をもつことはしないポジションを設けるケースもあるでしょう。外資系企業などでは、アソシエイトとかジュニアセールスと呼ぶのかもしれません。

本来あるべき話をすれば、「仕事」が定義されているのであれば、その「仕事」に就きたいという人を雇用する組織のほうは、特に新卒だからといって何かをする必要はありません。その「仕事」に就きたいかどうか、就いてどのように実績をあげることができるのか、新卒も中途も採用区分に関係なく同じ土俵で就職活動にチェレンジすればよいのです。

高度なITスキルを身につけていたり、学生時代にスタートアップの起業経験があったりするなど、中途採用者と同等以上のスキルや経験がある人材であれば、本人が即戦力志向の中途採用者と同じ職務に応募するのは自由です。むしろ、同じ学歴(同じ大学の同じ学部の同級生)であっても、応募して就く「仕事」が違えば、処遇も違うのが当たり前なのです。それが、仕事に対して処遇するということです。

とは言え、現実に新卒の労働市場が中途採用とはまったく別の次元で存在している以上、新卒採用者向けの「仕事」を定義することもある程度は必要でしょう。そのため、ジュニア〇〇やアシスタント〇〇とか〇〇担当や〇〇補助といった職位呼称をもつ「仕事」を新卒採用枠として設計する企業も多いのです。

 

作成・編集:人事戦略チーム(2025228日更新)