仕事に対して処遇するには(3)
職務記述書(ジョブディスクリプション)がしっかりとできて仕事を明確に定義することができたとすれば、次はその仕事に誰かを当て嵌めることになります。
ここでいう「誰か」というのは、現にその仕事を担当している人であることもあれば、組織内のどこかの部署から異動してくる人もいるでしょう。その仕事がマネージャーなどの部下をもつ仕事であればその部下のうちの誰かとか、時には(兼任か降職かは別にして)その仕事よりも上位のポジションに就いている人が就く場合もあり得ます。
こうした組織内での異動によって空席となっているポストを埋めることもあれば、組織外の労働市場に向けて情報を発信し、その募集に応じた者の中から採用することもあります。この場合、職務記述書(ジョブディスクリプション)は募集要項の中核的な条項を成すものでもあります。
いずれにしても、こういう仕事がありますと最初に情報を発信するのは、原理的にはその仕事を管理する上長の仕事です。募集しても応募がないとか、適当な候補者がいなかったとか、そもそも募集するプランもないのであれば、その仕事は上長が処理するしかありません。現状のままでは上長自身の業務目標や所属する組織の事業計画が実現できそうもないのであれば、何らかの形で「仕事」を定義して人材を求めることになります。
通常は、ビジネスプランとか年度の事業計画で空きポジションを明確にして、人件費予算の枠内で募集や採用後に支払うことになる給料などを賄うことになるでしょう。または、必要な仕事が明らかになった時点で事業計画や人件費予算を修正して採用活動を行うという場当たり的な対応もあります。いずれにしても、戦略ありき組織構造ありきで「仕事」を定義づけることが必要なのです。故に、「仕事」を定義して人を募集するのは、経営者や管理職の職責の中でも重要なものとして位置づけられます。
言い換えると、仕事を先に定義して人を雇うということは、原則的にその組織にはいつも空席があることを意味します。まず経営者がいて事業をこうしたいという意思があって、必要な分業と協業の関係を設計し、その設計図=組織図=に従って「仕事」が定義されるのです。
それでは、改めて人事部門が果たすべき機能を考えてみましょう。
「仕事」を定義し必要な人材を求めるのは、経営者や管理職ですから、人事部門が人員を一手にまとめて管理するわけではありません。人事部門がやるべきことは、「仕事」が発生するところが必要な人材を調達できるように仕組みを手当てすることです。
経営者や管理職が戦略やビジネスプランに応じて「仕事」の内容を明確にすることになれば、職務記述書(ジョブディスクリプション)が出来上がるはずです。時にはAIを相談相手に「仕事」の内容を明確にしていくプロセスが求められるかもしれません。いくつかのキーワードを投げかけたり、作成されたビジネスプランを読み込ませたりすれば、職務記述書(ジョブディスクリプション)が生成されるのが、理想的と言えるのかもしれません。
職務記述書(ジョブディスクリプション)が出来上がれば、社内向けには社内公募要項、社外向けには社員募集広告を出稿することになります。その際の広告案も連動してAIなどで自動化するのに越したことはありません。人事部門はこうした流れを仕組みとして動くようにプラットフォームを整備することが要請されます。
同時に、組織全体の「仕事」の管理、すなわち、絶えず生成しては消えていくさまざまな仕事を組織図として一覧管理できるようにしておくとともに、それぞれの職務記述書(ジョブディスクリプション)を更新し続けることが可能なプラットフォームを整備しておくことも、人事部門の果たすべき機能のひとつです。実際のデータの更新は経営者や管理職などが日常的に行うので、使いやすい仕組みを作り改善していく、いわば人事DXの実行役なのです。
ちなみに、仕事から処遇を決める際に忘れてはならないのが、「仕事」はなくなるものだということです。既存の「仕事」は全ていつかなくなる可能性があり、戦略が短期的に変わるとすれば「仕事」がなくなることも常態化すると考えることができます。
そこで、人事部門の果たすべき機能のひとつに、解雇や退職の適切な管理があるはずです。人材の採用や人的資源の調達だけでなく、採用はしたものの「仕事」がなくなった人材をどのように処遇して解雇・退職につなげていくのか、一度は調達したものの戦略変更やリストラクチャリングで活用できなくなった人的資源を手放すのか、これらのためのプログラムやスキームを絶えず用意しておくのも、人事部門として果たすべき役割のひとつとして重要です。
例えば、採用や解雇(退職)の手続きやシステム、法律上遵守すべき事項、組織の価値基準や人事方針などから求められるポイントなど、経営幹部や管理職といっても全員が全ての事項を知悉しているわけではないことを前提に、遵守すべき事項を徹底できる仕組みが必要です。
ここで言う仕組みというのは、「仕事」に責任を持つべき経営者や管理職に対して能力開発プログラムや教育訓練コースなどを通じて必要な知識や実践的なスキルを身につけさせることもあれば、人的資源管理や労務管理の体系やノウハウを自社の人事システムで共有し相互に活用可能な体制を作っておくことを意味するのかもしれません。もし、そうした仕組みがないのであれば、組織として重大な欠陥があることになります。もちろん、人事部門が主導して社外の教育サービスを準備し受講させることもあるでしょう。
また、採用や解雇という直接的に人を雇ったり離したりする行為だけでなく、企業の買収・合併または部門の売却・分割などにより、人材=「仕事」を一度にまとめて調達したり削減したりすることもあります。こうなると人事部門は経営企画部門と同じ領域の職責を負うことになります。
そもそも、「仕事」がある=新たに人を雇う、とは限りません。フリーランサーや派遣社員、外部の専門サービス提供業者(コンサルティング会社やベンダーやアウトソーシング先など)などを活用することも、「仕事」に誰かを当て嵌める手段のひとつです。時には、現有人材にリスキリングの機会をもって転換することで新たな「仕事」に就かせることも、同様の選択肢のひとつです。組織全体として、これらのサービスの調達管理を行うのも、人事部門の果たすべき機能です。
さて、「仕事」に人を当て嵌める具体的なプロセス、つまり、応募者の中からその「仕事」を担当させる「誰か」を選ぶという行為について考えてみましょう。
この行為にはふたつのアプローチがあります。ひとつは、その仕事を担当して結果を出す可能性が最も高い人を厳選するというものです。もうひとつは、公的な資格の保有とか学歴や職務経験で必須のものといった形式的な要件され満たしていれば、まずはやらせてみて、ダメならすぐに入れ換える(解雇して別の人を新たに採用する)というものです。前者を厳選アプローチと呼ぶならば、後者はお試しアプローチでしょう。
一般的に言えば、担当させる仕事のインパクトが大きく困難な仕事ほど厳選アプローチを、インパクトが小さく誰でもできるだろうと思われる仕事ほど、お試しアプローチを採ることになります。経営トップとか新規事業開発のプロジェクトリーダーとかは前者、現場のリーダーの指示で同じ作業を繰り返すとか処理するとかマニュアルに従って処理するといったものは後者というのが、通常のやりかたです。
「仕事」に人を当て嵌めるということは、社内外に「仕事」を提示して、その「仕事」を「やりたい人」かつ「できると思っている人」を募ることです。そこで、採用するかどうかを決める際に問うべきは、やりたいかどうか、確実にできそうかどうか、という2点です。それ以外の要素は二次的副次的なものとして採用前に交渉する余地のある問題です。
仕事に対して処遇するわけですから、「仕事」というのは(できないことを前提に)教えてもらうのではなく、仕事ができる(だけの能力を身につけているとアピールできる)人がその「仕事」に就くチャンスを与えられるものです。
但し、募集し採用しようとしている側は、採用に前のめりになり過ぎないように注意しなければなりません。そうでないと、やりたいだけで能力不足の人を採用してしまい、結果が伴わないどころか、組織全体にひどい損害を及ぼすことになりかねません。
認知心理学で言われているダニング=クルーガー効果ではありませんが、客観的には能力や実績が低いほうが自己認識では能力が高く実績も十分という認知バイアスをもちやすいとすれば、募集している「仕事」に自信満々で応募してくる人ほど要注意です。書類審査でいえば職務経歴書や応募動機などに不審な点や不合理な箇所がないか、最終的に決定する前に裏付けを取ることが必要です。リファレンスチェックなどの必要最低限のリスクマネジメントの手法を採ることは論を俟ちません。
また、採用面接などを通じて、応募者の認知の歪みや見せかけだけの自信を的確に見抜かなければなりません。その「仕事」を一緒に担当する人々、直属の上長だけでなく部下や同僚となる人たちも採用面接の場に招くとか、インターンシップのように一時的にでも実際に仕事をしてもらう機会をもつことで、募集している側も職務記述書(ジョブディスクリプション)だけでは描き切れない要素、特にカルチャーフィットや組織が求めるバリューに即した行動などの面で適合的かどうかを確認する必要はあります。その「仕事」をやってほしいという先入観にとらわれている直属上司や経営者だけでは、失敗のリスクが高いのです。
ただ、こうした採用手法は、あるポストが空いた(新たに設けられた)際に原則的には社内からも社外からも応募があってよいとする事実上の社内労働市場の下では、人間関係上は運用が難しいかもしれません。経営層や管理職同士の間で、Aさんを採られた意趣返しにBさんを奪った、などといったゴシップが飛び交うようでは「仕事」を基軸とする組織運営や人事運用は早計と言わざるを得ません。
もちろん、組織はいつでも最も仕事ができる可能性が高い人間を選択するように努めなければ、株主や取締役からの負託に応えることにならないのも事実です。この点を突き詰めていくと、配属先が不明確なまま、新卒をとりあえず採用しておくということは、無駄なコスト以外の何物でもありません。従って、仕事に対して処遇するという方針を採るならば、定期新卒採用は廃止になります。新卒であっても、どの仕事に就こうとするのか、自ら決めて、その仕事で求められるであろう知識・能力・スキルなどを身につけた上で、社外向けの募集に応募することになります。
新卒者に限定したポジションがないということは、新卒者がいきなり管理職や経営層のポジションに応募してもいいのです。もちろん、採用されるかどうかは別の問題ですが、学生の頃から起業したりスタートアップで働いたりした経験をアピールして、事業責任者やビジネスユニットのマネージャーとなることも現実にあります。特にIT関連の技術者や学生などの若い消費者をターゲットとする商品やサービスを扱うビジネスの顧客サービスなどは、新卒者のほうが中高年の労働者よりも「仕事」が求めるスペックに合っている可能性が高いと思われます。
より現実的に言えば、新卒レベルで担当可能な「仕事」はあります。〇〇担当や××アシスタントなどの職位呼称(ジョブタイトル)であったり、アナリストやリサーチャーとかエンジニアや研究員などのように単純に職種名称だけの呼称であったりする仕事の多くは、4大卒新卒者のエントリーレベルの職位を表現しているでしょう。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年3月11日更新)