仕事に対して処遇するには(6)
仕事に対して処遇する上で最後の課題は、「仕事」が処遇の基軸である組織をどのように経営していけばよいのかという課題です。実際に組織を運営するに当たって、「仕事」を先に定義して人に割り当てるのか、人ありきで「仕事」はその人次第で進めるのでしょうか。当然、「仕事」を先に定義するはずですが、これだけ事業環境の変化が激しい時代にあって一つ一つの「仕事」をきっちりと定義することは現実的に可能なことなのでしょうか。
「仕事」が先か人ありきかという課題は、戦略論で言えば、マーケットにおけるポジショニングを重視する競争戦略が企業戦略の根幹と考えるのか、RBV(リソース・ベイスト・ビュー)のように現存の経営資源を重視してその経営資源に合った戦略こそが肝要と捉えるのか、という見方の違いでもあります。
ここで改めて、現実の仕事と人の関係について考えてみましょう。そもそも、戦略を生み出すのは誰か、という点です。確かに、戦略を生み出すのは経営者です。それが経営者の重要な「仕事」と言ってもいいでしょう。だからと言って、まず戦略を立てて、その戦略を実行するのに適した組織を作り、その組織上のポストにCEO以下全ての社員を当て嵌めるという、戦略優位のアプローチは、教科書的にはありえても現実のビジネスではありえません。
こうしたアプローチが採用できるとすれば、いくつかの前提条件があります。事業戦略を立てて実行するタイムラグがあっても、事業環境が大きく変わらず、未来は現在の延長線上にあるか、確実に予測可能な未来があると考えられるとか、当て嵌めるべき人材は社内外から十分に調達可能で、報酬や福利厚生などで満足してもらえるレベル以上の雇用条件を出すことが費用や制度などの面で可能であるといった条件です。
仮にタイムリーに「仕事」が定義できて職務記述書(ジョブディスクリプション)を具体的に作成できたとして、その「仕事」の要件と応募者の職務経歴などをマッチングしなければなりません。100%のマッチングは非現実的でしょうが、相当程度に合っていなければ結果が出ると合理的に期待するわけにはいかなくなります。
そこで、AIなどを活用して、結果が出るにせよダメだったにせよ、データを蓄積して“相当程度”の確度を高めていくことが必要です。テクノロジーの進歩から考えてみると、マッチングの精度は実用的なレベルにまで向上するのは時間の問題でしょう。IT関連の技術開発に携わる分野など特定の領域では、既に実用化されているものもありそうです。
ちなみに、ハードな要件(学歴、公的資格、実務経験など)のマッチングは容易ですが、ソフトな要件(カルチャーフィット、リーダーシップ・バリューなど)は応募者の自己認識・適性検査などの客観的なデータ(応募者と組織風土)・職場側のデータ(組織診断など)との複合的なマッチングが求められるだけでなく、マッチングの結果をもとに面談や職場トライアルなども行ってみるべきでしょう。
ここで注意したいのは、同じ戦略でも、その実行の程度や結果は人によって異なるのが現実である点です。
第2回で紹介した営業課長や営業担当の職務記述書(ジョブディスクリプション)でも、同じような人材レベルと思われる二人が担当しても、結果は違うはずです。チームメンバーとの人間関係なのか、顧客との関係性なのか、本人の性格や価値観の違いが響くのか、結果を左右する要因を分析してできれば事前に特定しておくことも求められます。
一方で、ジョブ・デコンストラクションといって、職務を固定的にせずに、柔軟に再編成・再定義して改めてタスクを割り当てるといったアプローチが有効な組織もありそうです。つまり、「仕事」を厳密に定義するよりも、その人の特長や環境変化の動向などに応じて、人よりも「仕事」のほうを変化させて対応するのです。特に事業環境の変化が速くて激しいところでは、いちいち「仕事」を定義している余裕はないので、現にいる人材が「仕事」のほうを変えていく自由をもっている方が変化に迅速に適応しやすいというのも一理あります。
結果的に「仕事」の内容が変わるのであれば、いずれかのタイミングでそのことを公式化することが求められます。職務記述書(ジョブディスクリプション)を更新したり、新たなポジションを設けたりして、既存のポジションを廃止・統合したりして、公式化は行われます。
その作業を人事部門で中央集権的に実行しようとすれば、官僚制的な手続き主義に陥ってしまいそうですが、現場でAIなどにより支援して自動的に組織図や職務記述書(ジョブディスクリプション)などに反映することができれば、実態に即したものができるでしょう。そのためのITインフラを整備することが組織として取り組むべきテーマです。
事業環境が変わり戦略が変われば、組織のありかたや業務体制も変わるのが必然です。何らかの戦略変更が生じたのであれば、その時点で「仕事」を起点に組織・人事のマネジメントを見直すことが不可避です。その結果、仕事が変化したり、特定の仕事がなくなったりすることもあります。その場合、組織の要請が全てなので、仕事が部門ごと全てなくなる(部門をアウトソーシング先に売却するなど)こともあります。
ここで、現に仕事に就いている人(個人)はどうするのかというと、原則として個人の選択によります。現在と同じ雇用条件で新たな組織に移るか、別の組織に転じるかは最終的には個人の意思の問題です。新たな組織としては、買収条件の交渉次第ですが、現在その「仕事」に就いている人をまとめて移籍してほしいのであれば、移籍時にサインインボーナスを支払うなどそれなりの条件を出すはずです。
このように、戦略の見直しとともに既存の組織で「仕事」を再定義するには、実在者の存在は避けて通ることができません。「仕事」の廃止や縮小といった量的な問題もあれば、「仕事」のやりかたやスタイルが大きく変わり、実在者はリスキリングやトレーニングの機会をもつ程度では対応しきれないという質的な問題もあります。そうなると、実在者どうしであまり変わらずに残っている「仕事」を共有していたり、「仕事」がないのに人だけがいたりする状態が出現するでしょう。
人材や資産及び人件費など活用できる経営資源には限りがある以上、「仕事」を管理すること=定員管理=が必要であることも論を俟ちません。そして、事業の見直しや業務効率化などにより、不要な「仕事」が生まれてしまうのであれば、それらの「仕事」はなくなるのが原則です。
リストラクチャリングとは単なる人員削減のことではなく、文字通り組織構造を再編成することです。再編成ということは、統合・削減するものもあれば、大幅に変容するものもあれば、新たに設けるものもあるということです。そして、リストラクチャリングは事業を継続している限り不断に生じるものですから、「仕事」の見直しにも終わりはありません。
例えば、10の管理職のポストが組織の再編により3つのマネージャーのポストと5つの専門職のポストに変わったとしましょう。専門職のポストには短期の小規模なプロジェクトをリーダーとして率いるものもあれば、個人の技術的な知見をもとにいくつかのプロジェクトで専門的な貢献が求められるものもあるとします。
ここで、実在の10人の管理職は、どのように処遇されることになるのでしょうか。原則的には、マネージャーのポストも専門職のポストも社内公募されて、10人それぞれが就きたいポストに応募します。この際に、この10人以外の人々も、管理職トレーニングの受講歴や実務経験などの一定の要件を満たせば応募してもよいでしょう。時には、社外から新たに採用するほうがよいケースもあるでしょう。
応募の後は、それぞれのポストでの課題や組織運営プランなどを部門責任者や経営者などに提案し議論した上で、最適と思われる人がそのポストに指名されます。そうなると、10人に対して8のポストしかないわけですから、少なくとも2人は管理職相当の「仕事」はないことになります。
この2人は、社内の他部門で管理職相当の「仕事」に応募するか、社内の管理職相当ではない非管理職相当の「仕事」に応募するか(この場合、処遇水準は低下することが予想されます)、社外に活躍の場を求めるか(この場合、組織としては早期退職優遇制度などの退職を促すプログラムや社外のトレーニング受講を含む転職支援サービスなどを期限付きで提供する)、組織が提示するいくつかの選択肢のなかから一つを選ぶことになります。
「仕事」に対して処遇することを選んだ組織は、こうしたプロセスで人事異動を行う必要があります。人事部門が一方的に社員の異動を決めるのでは、「仕事」と人材をマッチングさせることへの納得性が失われてしまうのです。もっと極端な表現を採れば、感覚的には社員全員がアルバイトのようなものと言えるでしょう。
経営者までも委任契約で定められた業績目標を達成するために任されただけで、倫理規定や企業ポリシーや取締役会との合意事項などに反することがなく他の目標が達成できそうな限りは解任されないだけです。それでも任期満了となれば再任される保証はありません。
一般の従業員は雇用契約ですから経営者よりは身分保障が強いとはいえ、従業員も多少なりとも条件の良いオファーがあればいつでも他社に移る自由(競業忌避義務などに反さない限りどの組織に転職しようとも自由)がある半面、「仕事」がなくなれば解雇されたり退職を迫られたりするのはやむを得ません。
「仕事」を処遇の基軸とするならば、こうしたことを前提に組織運営に当たらなければならないのです。
人材が豊富(人数が多いという意味ではなく人材のタイプが様々揃うという意味)であれば、「仕事」を定義して適切な人選をしてそのポストに誰かをつけることも可能ですが、人材が偏っていたり人数上余裕がないような場合は、「仕事」の定義がいかに完璧にできても、そのポストを任せるに足る人がいないのであれば、外から採用することになります。そこでは、時間と労力と費用を要する覚悟が必要であることは言うまでもありません。また、「仕事」の内容が人々の興味や関心を引くものではなかったり、処遇条件が魅力に欠けるものであったりすれば、外部からの応募がない場合も出てきます。
このように、人の志向に適する「仕事」を定義できなければ、外部から採用して「仕事」をしてもらうことも困難です。規模の大きな組織ほど、これから労働市場に出てくる人々の志向に合った「仕事」を作り出さないと、組織が生き残ることができなくなります。
労働市場の変化に適応するには、単なる事業戦略ではなく、労働市場にいる人々や社内の人材が挑戦してみたいと自ら望むような「仕事」が次々と生まれるような運営スタイルやカルチャーをもつ組織を作り出す戦略を持てるかどうかが、「仕事」を処遇の基軸とする組織を運営していく上での鍵となります。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年4月9日更新)