2015年6月から7月にかけて掲載した、就活スタジオ・楠美義明氏のインタビューを、以下にご紹介いたします。
さまざまなベンチャー企業の「人材・組織・働き方」をご紹介していくインタビューの第2弾。
今回は、学生と新卒採用をしたい企業を結びつける“就活スタジオ”を主宰されている楠美義明さん(株式会社Mixture代表)にお話を伺いました。
― 今年は新卒採用の活動が3カ月遅れて3月からスタートしたわけ(経団連「採用選考に関する指針」)ですが、何か変化があったとお気づきですか。
楠美さん 基本的には、採用活動の後ろ倒しの影響として特に目立つことはありません。学生の動きは、どちらかというと、あまり良くないかもしれません。メディアなどで売り手市場と喧伝されたせいでしょうか、どこかに就職できると思い込んでいる学生が多くなっているのかもしれません。
― 一部には、既に内定を出している企業もあると聞きますが。
楠美さん もともと経団連に加盟していない企業とか、外資系などは、内定を早めに出します。これも今年に限ったことではありません。現に、内定の報告をしてくる学生もいます。
― そういう話がSNSやネットで語られると、学生本人は焦りそうですね。
楠美さん 確かに焦るでしょう。だからこそ、しっかりとした活動、効果的な活動をしなければなりませんし、ちゃんとした就活をすれば、まだまだ十分間に合います。あえて言えば、夏以降であっても、ちゃんとした活動をすれば来春に新卒採用として入社することができます。ただ、今年は売り手市場という情報が出てしまっているので、学生が本気で就活に走るのは、もう少し後でしょう。
― これからの時期、学生は具体的にどのような活動をすればいいのでしょうか。
楠美さん 本来のスケジュールからいえば、これから夏にかけて会社訪問などが行われて、8月から選考を開始し、経団連の指針によれば正式に内定が出るのが10月です。いまは、それに向けて、OBやOGを訪問してみて、入社してみたい会社の実態や、そこで働いている先輩の話を聞いて、自分の意思を固めたり、思っていたのと違えば、他の業界、他の会社を訪問し直したり、やるべきことを着実に進めていく時期です。
― 多少は期間が短くなったとはいえ、これからの季節に会社訪問や選考はきついですね。
楠美さん 実際に就職すれば、客先を訪問するのが毎日です。夏が暑いのも、しかたがありません。暑さのせいかどうかわかりませんが、学生のなかには、第一志望とか本来希望していた会社でなくても、早めに内定が出れば、そこに決めてしまう傾向もあります。就活そのものが、実はやりたくない、できれば避けて通りたい、というのが本音でしょう。ゴールデンウィーク前後に内定をもらった学生の中には、第一志望の会社でなくても、そこに決めてしまうものもいます。本人には、本命の会社も受けてみるようにアドバイスしているのですが。
― 秋に内定が取れていれば、夏の苦労も報われたと言えますが、そうでないと厳しいですね。
楠美さん 昨年の実例ですが、12月まで内定が全く貰えなかった、ごく普通の女子学生が最終的には、伝統的な1部上場会社の総合職の内定を得ました。
― どうして、そんなことができたのでしょうか。
楠美さん 彼女自身は気づいていませんでしたが、実は、あるアルバイトの経験が役に立ちました。周りはおじさんばかりの倉庫で、伝票整理をしていたのですが、その職場で唯一の若い女性が彼女だったので、女性目線で職場を整理して使い易く片付けたそうです。その経験をまとめてアピールするように、とアドバイスをしてみました。
― それだけ?
楠美さん そうです。近年の誤解のひとつに、エントリー・シート(ES)にボランティア経験を書けばいいというのがあります。これは、面接でサークルのリーダーとしての体験談を語れば通るといった都市伝説の類と、同じです。はっきり言って、企業側、特に面接担当者は、この手の話にはもう、うんざりしています。
― そうすると、企業が見ているのは?
楠美さん さきほどの例でいえば、この学生なら、平均年齢も高い自社の職場の中で、おじさんたちに交じって、事務仕事をきちんとやれそうだとか、うまくいけば職場の改善もやってくれるかもしれないと、彼女が入社して仕事をしている具体的なイメージをつかめたからではないでしょうか。
― 確かに、中途採用では、この人が職場で仕事をしているイメージが浮かべば、採用したくなりますね。
楠美さん 新卒も基本は同じです。採用する側もされる側も、実際に仕事をしているイメージが共有できれば、それでいいのではないでしょうか。
― そうすると、今年大きく変わったことは?
楠美さん 時期のずれは当然ありますし、企業の採用意欲が高まっているのも事実でしょう。だからといって、昨年までと全く違う就活が求められているわけではありません。昨年同様、やるべきことにしっかりと取り組んでいけばいいと思います。
学生と企業を結びつける“就活スタジオ”を主宰されている楠美義明さん(株式会社Mixture代表)へのインタビューの第2回は、企業、特に中小企業やベンチャー企業が新卒採用に取り組む上でのヒントを伺いました。
― 新卒を採用したいと思っている企業は、中小でも多いと思いますが、どのようにすればいいのでしょうか。
楠美さん 普通にリクナビやマイナビなどを活用したのでは、知名度や資金力に勝る大企業の間に埋没してしまいます。また、大企業が採用活動を行っている時期に、同じようにやっても、なかなか注目してもらえないでしょう。
― 大企業と同じ土俵に乗ってはいけない?
楠美さん そういうことです。そこで、まず、中小企業の実態を知ってもらうことでしょう。大半の学生は、中小企業どころか、大手企業でも、仕事や職場の実態は全く知りません。現実的に仕事を先輩社員とする姿が思い浮かばないのです。
― 確かに、ビジネス・パーソンである私たちでも、勤務したことがある会社や業界のことなら多少はわかりますが、それ以外となると、上場企業でも名前も知らない会社がけっこうありますね。
楠美さん 1部上場会社の内定を取りながら、「中小企業に決まった」と連絡してきた学生すらいました。大企業といっても、親御さんも知らない会社のほうが、名前を聞いたことがある企業よりも圧倒的に多いでしょう。
― だから、“就活スタジオ”では、学生が企業を取材するプログラムがあるのですね。
楠美さん 中小企業となると、OBやOGがいないのが普通です。その代わりといっては何ですが、“就活スタジオ”を通じて、企業側も学生との関係を構築していただければと思います。いきなり闇雲に新卒を採用するといっても、手掛かりがないでしょうから、こうした活動を通じて、学生に自社をきちんと知ってもらう機会を提供できれば、と思っています。
― 学生の中で、中小企業やベンチャー企業に就職したい、してもいい、と思っている人はどのくらい、いるのでしょうか。
楠美さん ざっと10%といったところでしょうか。ただ、学生のもっているイメージが実態と合っていないので、この10%しか採用候補となる学生がいないわけではありません。
― ある程度、応募する学生はいると思っていいわけですね。
楠美さん そうです。ただし、学生は、大企業以上に中小企業のことを知らないし、想像もできないことを理解しておいてください。たとえば、中小企業の総合職=大企業の一般職、といったイメージを一部の学生はもっています。でも、実態は、中小企業の総合職となると、社長や経営幹部の意向を受けて何でもやらないとダメです。そういうことを夢にも思わずに、中小企業に総合職で入社してしまうと、本音は一般職志望の学生にとっては、驚き以外ありません。
― ミスマッチどころではない?
楠美さん 社風に合うとか、合わないとかも問題ですが、それ以前の問題です。実家が中小企業を経営しているなら別ですが、そうでない一般のサラリーマンや公務員の家庭で生まれ育った人には、想像できないし理解不能な世界かもしれません。ベンチャーともなれば、もっと想像しにくいのではないでしょうか。
― だから、学生が自分で取材することで、中小企業やベンチャー企業の特徴が見えてくるのですね。
楠美さん “就活スタジオ”では、学生が30歳くらいまでの若手社員の方々に、実際に担当している仕事や、やりたい仕事を聞いています。そうすると、自分がもし入社したとして、具体的にどのような仕事をしていくことになるのか、イメージしやすいようです。そのうえで、たとえば、40歳くらいのときに、どのような仕事や職責をもつことになるのか、具体的なキャリアプランを示すことができれば、学生から見れば、その企業が中小企業であっても、就職する対象に十分になってきます。
― いきなりマネージャー登用とか、年収1000万円も夢ではない、といったことをぶち上げるベンチャーなどはいかがですか。やる気のある学生が飛び込んできそうですが。
楠美さん なかには、ごく稀にそういう謳い文句に反応する学生もいるかもしれませんが、大半は現実的なビジョンでなければ動きません。ベンチャーこそ、「一緒にこういう仕事をしよう」と具体的な仕事がイメージできないと、誰もエントリーしてこないでしょう。
― タイミングとしては、いかがですか。
楠美さん 10月に大企業の内定が確定しますが、それからでも、ちゃんとした学生を中小企業が採用することは十分に可能です。今の時期は、学生に会社をしっかりと理解してもらうことに注力する時期でしょう。
― 中小企業やベンチャーに就職しようとする場合、学生が特に気をつけるべきことはありますか。
楠美さん 特にベンチャーに就職したいと思っている学生には、一言、申し上げておきたいことがあります。それは、自分が主体的に動ける人間かどうか、という点です。大企業や、中小企業といってもそれなりの伝統がある企業であれば、教育システムや先輩社員の指導など、社会人の基本レベルから否応なしに育てられていきます。ベンチャーでは、なかなかそうはいきません。具体的な指示もないまま放っておかれて、いきなり結果が出ないと叱責されても、文句は言えません。それだけ、忙しいし、人材に余裕はないのです。
― なるほど、そうですね。
楠美さん それと、学生向けに、いいことばかりアピールする企業は考えものです。いきなり経営企画を担当させるとか、製品開発プロジェクトを任せるとか、大企業でもこうしたことをアピールして学生を採用しようとする会社はありますが、真に受けて入社すると、まずは支店で営業担当だったり、工場勤務だったりするのが普通です。仕事の実態を知らせないと、結局、苦労して採用した新卒が、数か月で退職することになってしまいます。企業にとっても学生にとっても、実に不幸なことです。
学生と企業を結びつける“就活スタジオ”を主宰されている楠美義明さん(株式会社Mixture代表)にお話を伺う第3回は、学生本人およびその親御さんが就活に取り組む上でのヒントを語っていただきました。
― 改めてお伺いしますが、新卒の就活の流れはどのような感じでしょうか。
楠美さん 会社が主催するセミナーに出席したり、エントリー・シート(ES)を提出したりしながら、OB・OG訪問なども行います。そして、まずは書類審査をパスすることです。次に正式に選考となります。選考は、ウェブベースのテストや面接などいくつかの方法と段階があります。選考の結果、採用の内定通知を受けることができれば、一応、就活は完了となります。
― 就活スタジオのサイトを拝見したのですが、けっこう、実践的な情報が満載ですね。
楠美さん そうですか? まあ、この程度のことは、実践できる人は改めて学ばなくても、できてしまうものでしょう。サイトに掲載していることを本当に身につけてほしい学生は、意外と見てもくれないものです。
― もったいないですね。ただで、これだけのものを見ることができるのに。
楠美さん 特に今年あたりは、学生の売り手市場といったイメージが出来上がっているので、なんとかなると思っている学生や親御さんが多いように感じられます。
― たとえば、経団連会員企業が1300社強、東証一部上場会社が1900社弱しかありません。一方、大学卒業者の総数が50万人以上いるわけですから、売り手市場とはいっても、学生の大半が大企業に就職できるわけではありませんね。
楠美さん その通りです。まして大企業となると、有名な上位校から採用していく確率が高いのが現実ですから、すべての学生が大企業を希望しても、入社できないのが当然です。だからといって、中小企業にしか就職できないとか、就職先がまったく見つからない、と悲観する必要もありません。
― 学生と一口にいっても、どの程度の人が就職とか就活に前向きに取り組んでいるのでしょうか。
楠美さん 本気で金を稼ぐ、働きたい、という意識をもっている人は、まず見かけないですね。まあ、数パーセントでしょうか。本心で、野心をもって、稼いでやろうとか出世してやろう、という学生は、本当に少ないですね。9割は、どうせ働くのであれば、見栄えのいいところで、できるだけ長く働こう、という感じです。
― そうなると、他人と同じように就活をしているのでは、大企業に就職できるとは思えませんが。
楠美さん その通りです。同調圧力というのでしょうか、人と同じことをやらないと気が済まないのか、会社主催のセミナーに出て、ESを提出して、面接を受けて、ということの繰り返しですね。親のコネでも何でも使って、先輩の社員やより上の人に直接、会って話を聞くようにアドバイスしても、実行しない学生が多いですよ。
― 多くの学生は、どのように就活をしているのでしょうか。
楠美さん 特に大企業に就職したいと思っている学生にありがちですが、会社主催の就職セミナーに出席することが目的化していたり、そこで人事担当者に気にいられたりすると、もう内定をもらった気になっていたりします。私も経験がありますが、一次や二次の面接は人事ではなく、営業などの他の部門の社員が駆り出されて担当するわけで、セミナーに出席しようが人事担当者と仲良くなろうが、関係ないのです。むしろ、先輩の社員がいれば、その人から会社のことや仕事のことを取材して、面接で仕事の内容を質問するくらいはしてほしいですね。
― 親御さんにも、自分の子供だけでなく、社会人の先輩として、就活をしている学生を広くサポートしてもらいたいですね。
楠美さん 現実の仕事の話をしてほしいと思います。企業の管理職や役員である方もたくさんいるはずですし、非正規で働いている方であれば、その実情を伝えてあげることが、重要な就活サポートになります。大切なポイントは、いいことも悪いことも学生に知らせてほしい、ということです。
― 面接といえば、A社では○○を聞かれたとか、B社では××だったとか、ネットにも情報はあふれているようですが。
楠美さん ネットの情報は信用するのに、自分で直接、情報を取りに行かないですね。やれば効果があるといっているのに、実行する学生は少ないですね。ちなみに、私は、もともとパイロットになりたかったんです。ただ、これといってパイロットの知り合いもなかったので、大学の航空部のOBや先輩の父親といった伝手をたどって、パイロットの人たちから直接、話を聞くことができました。最終的には、パイロットになる道は断念して、金融機関に就職することになりましたが。
― たとえば、英語ができる、というのは自己アピールとして効きますか。
楠美さん 単に喋れる程度であれば、できないよりはましですが、言葉よりも一緒に仕事ができそうかどうか、を見たいですね。最も困るのが、英語しかできない、それしかアピールすることがない人ですね。そういう人といっしょに仕事をするのは大変です。身をもって、その大変さを知っていますから。
― 確かに、そうですね。ちなみに、ESも学生が企業へアピールする道具だと思いますが。
楠美さん ESも書けばいい、出せばいい、というものではありません。実際、採用する側が聞きたいことを、的確に書いている学生は少ないですね。そもそも、パソコンで書類を作成した経験が乏しいせいか、きちんとした書類が作成できない、という論外なケースもけっこうあります。そのレベルはクリアできていても、志望動機などが結局、何を言いたいのか分からないものや、業界分析のレポートらしきものになってしまい、趣旨が不明なものなど、内容や表現の面で問題が多いものも、実によくあります。
― 就活が一種の営業活動だとすれば、ESは客先に出す提案書ですね。
楠美さん そういうことです。社会人ともなれば、自分が相手に伝えたいことをきちんと伝えることはもちろんですが、その前に、相手が聞きたいこと・知りたいことを理解して、それに対して答えていくことが、コミュニケーションとして満たすべき最低限の条件です。
― 面接にせよ、ESにせよ、相手の知りたいことを的確に伝えるための場ですね。
楠美さん いまでは30歳くらいの先輩社員ですら、新入社員との接し方が分からなくて、大きな不安やストレスを感じているといいます。だからこそ、面接で、言葉のキャッチボールができて、一緒に働きたいと思える人間であるかどうかを見たいのです。そういう点を判断したいから、わざわざ面接という手間のかかる手段を用いているわけです。
― 学生は誤解している?
楠美さん 誤解なのか、ネット上の都市伝説を信じ込んでいるのか、よくわかりませんが、ボランティアとかサークルのリーダーとか、面接する側が聞きあきた話を、相変わらず、自己アピールとして喋る学生が多いようです。これでは、採用されるはずがありません。
学生と企業を結びつける“就活スタジオ”を主宰されている楠美義明さん(株式会社Mixture代表)。第4回は、起業の経緯や今後の展望を伺いました。
― ところで、楠美さんが“就活スタジオ”を始められた、動機とかきっかけは何だったのでしょうか。
楠美さん もともとメガバンクに勤めながら、出身大学の射撃部の監督をやっていました。銀行では、面接要員として採用活動に関わることもありましたし、後輩の学生から就職や就活の相談を受けることもよくありました。特にリーマンショック後は、真っ当な学生ですら、1社も内定をもらえないこともあり、学生の動き方や就活の方法が何とかならないものかと、考えていました。
― そういうのは、いわゆる就活塾というようなところで、いろいろと指導してくれるのでは?
楠美さん よくあるのは、自己分析にロジカル・シンキング、SWOTで企業分析、みたいなコースで30万から40万円でしょうか。採用面接をする側にいた経験から言わせてもらえれば、そんな企業分析など、学生が何を言っているんだとイラッとするだけです。自己をいかに分析したところで、本音では周囲がやっているから乗り遅れないように就活をしているだけ、という普通の学生では、企業側にアピールするものが出てくる方が不思議です。
― それで、いきなり起業されたのですか。
楠美さん 当初は、学生をサポートするサービスとしてスタートしました。今は、学生と企業、特に学生との接点を持ちにくい中小企業を結ぶように、サービスを展開しています。
― メガバンクから起業というのは、かなり思い切った決断では?
楠美さん フロントで中小企業を顧客として営業もやりましたし、内勤になって法務もやりました。ちょうど、メガバンクでやるべき仕事が一段落した時期だったことも、タイミングとして大きかったかもしれません。自分の性格でしょうか、鶏口となるも牛後となるなかれ、ではないですが、巨大な組織の一部でいるよりは、自分で考えながら動ける立場でいるほうが、性に合っているようです。子供のころから周囲にサラリーマンがあまりいなかったことも、影響しているかもしれません。
― 実際に起業されてみて、特に感じられたことはありますか。
楠美さん そうですね、私自身、起業してみて実感したのは、最初に勤めた会社の大きさといいますか、ネームバリューや仕事の意味といったものを理解する上で、大きな財産と言えますね。その経験も踏まえて言えるのは、学生にとって、最初に就職する企業というのは、本人が思っている以上に大きな意味があるということです。普通の学生、普通の社会人にとって、やはり大企業というのは、特にそれが伝統のある会社であるというのは、社会人としての基礎や常識を教えてくれる場所です。
― 大企業でないとダメですか。
楠美さん いいえ、決して、中小企業やベンチャーが悪いといっているのではありません。第2回にもお話ししたように、ベンチャーに就職するには、主体的に動ける人、具体的な指示や個別の指導がなくても仕事で結果が出せる人でないと、そうそう勤まりません。そのことを十分に理解したうえでないと、ベンチャーへの就職を積極的に進めるわけにはいきません。多分、新卒だけでなく、中途採用でもそうでしょう。
― 確かに、中途採用はベンチャーであろうがなかろうが、即戦力として期待されるわけですから、主体的に動いてもらわないと困ります。
楠美さん 普通の学生は、そこまで主体的に動けるとは、とても想像できません。もし、主体的に動けるのであれば、他の学生と一緒にセミナー回りやES提出ばかりをして、就活をしていると誤解したままでいるとは思えません。したがって、普通の学生にとって、社会人経験が全くない状態で、いきなりベンチャーに就職するというのは、あまり勧められません。中小企業でも伝統のある会社のほうが、社会人としての基本や常識は身につくでしょう。ビジネス・パーソンにとって、社会人としての基本や常識は必須です。
― いちいち言われなくても主体的に動く、というのは容易ではありませんね。
楠美さん 先日も、学生に講演の準備を頼んでおいたところ、当日になって、使用する教室の番号が違っていたり、パソコンが使える環境のはずが、そうでなかったり、けっこうトラブルがありました。
― 前もって、チェックしておかなかったんですか。
楠美さん こちらが言わないと、チェックはしないですね。リスクマネジメントといいますか、要するに、ちょっと確認することを怠ってしまいます。こういうことも、失敗や経験から学ぶものでしょう。
― 仕事の常識といえば常識ですが。
楠美さん たとえば、エクセルやワードが使える、などというのも、ビジネスを進めるのに不可欠なスキルですが、いまはスマホですから、パソコンが使えないのです。こうしたことも、ちょっと実習をすればいいわけで、学生のうちに体系的に身につけておいて、損はないと思います。
― 社会人の基本とか常識というと、名刺の渡し方とかタクシーの乗り方とか、いわゆるビジネス・マナー講座を連想してしまいますが。
楠美さん もちろん、そういうものも基本や常識の一部です。大きく言えば、世の中がどのように動いているのか、仕事をきちんと進めていくには、何をおさえておかなければならないのか、お金のことや契約のこと、さらには先輩や同僚などとの人間関係のことなど、実は学校で教えてくれないけれど、大事なことが世の中には、たくさんあります。なかでも女子学生にとっては、キャリアモデルが自分の母親だけとなると、専業主婦にせよ、バリバリのキャリアウーマンにせよ、かなり偏ったものしか直接は知らないわけで、そこからビジネスやキャリアの常識を理解しろ、というのは無理でしょう。
― 就活も、ひとつの機会?
楠美さん そうですね、就活の方法論も、ビジネスやキャリアの基本や常識を学ぶいい機会ですね。自分自身の就活を振り返ってみても、実際に会って話をしてもらった人から、仕事をすることの具体的なイメージをつかむことができました。それで就職先を決めたといっても過言ではありません。そうした経験が、基本や常識を形作ってきたようです。
― なるほど、そうした経験から得られるノウハウとか常識は、確かにありますね。
楠美さん お酒の飲み方なども、先輩から学ぶもののひとつですね。実際、酒の席での振る舞い方を見ていると、AさんはX社、BさんはY社、というように、学生一人ひとりに合っていると思われる社風の会社が、固有名詞を挙げて具体的に浮かびます。
― 経験値だけとなると個人差が大きいですね。
楠美さん そうですね。いわば、ビジネス・パーソンに求められる基本とか常識といったレベルのことを、まとめて体系化しておいて、それを学生が学んでいくというのが、いいのかもしれません。
― 昔なら、新入社員研修やOJT、アフター5などで自然と身についていたものかも知れませんね。
楠美さん 要は、学生に正しい努力をしてほしいのです。そのやりかたが、わからないのであれば、まずは、身の回りにいる大人や先輩に聞いてみることです。もちろん、就活スタジオのサイトを覗いてもらっても構いません。社会人の基本といいますか、ビジネスの常識みたいなものを、きちんと身につけてもらいたいと、いつも考えています。
― 今日はいろいろと興味深いお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
インタビューを終えて
将来的には、キャリアやビジネスの常識や基本を、学生が学べるように体系化していきたいという展望をお持ちの楠美さん。もうひとつのMBA(Master of Business Arts)とでも名付けたいものが、新卒から中途へ、そしてビジネス・パーソン全体へと浸透していくことを、願ってやみません。
写真提供:株式会社Mixture、楠美義明氏
構成・文章作成:行政書士井田道子事務所+QMS
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