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2025年度の補助金・助成金を申請する上で改めて考えたいこと

 

 今回は、資金調達の手段として公的な補助金・助成金を活用することを改めて考えてみたいと思います。ちなみに、個人事業や中小企業では一般に資金調達の方法として以下の7種類を挙げることができます。

 

1.   自己資金

経営者個人または経営者の親族などのもっている資金や資産を資本金(増資)または貸付金として投入する方法。

既に事業運営が行われている場合は、これまでの事業運営で得られた剰余金が内部留保として存在するのであれば、その剰余金を活用することもあります。

資本金であれば返済義務がなく自由に資金を使えます。言い換えれば、財務的な自由度が高く迅速な意思決定と資金活用が可能です。

経営者自身またはその親族から借り入れた資金であれば、形式的には返済義務はありますが、借り換えを繰り返すことで実質的に返済義務を無効化することも不可能ではありません。

但し、自己資金は資金量に限りがあり大規模な投資には向きません。もちろん、経営者個人やその親族の生活資金が逼迫することもあります。通常、自己資金だけで当初必要と見込まれる費用を全て賄うことは極めて難しく、必要最低限の初期費用を自己資金で賄い、不足分は他の資金調達手段で用意することになります。

2.   出資

個人投資家、事業法人、ベンチャーキャピタルなど、経営者本人及びその親族など以外から直接資金を受ける方法。

返済義務がなく、得た資金を自由に活用できます。出資者のネットワークやノウハウを活用することも可能です。

但し、株式を譲渡するため、経営権の一部を失ったり、取締役として経営チームに人を迎え入れなければならないことも起こります。当然、出資者の期待に応えて事業を成長させることができなければ、経営責任を追及され、ときには経営者の地位を追われる虞もあります。

将来の飛躍的な成長を望み、実際に事業計画もスケーラブルなものであるのであれば、積極的に出資を募るべきです。事業によっては、出資を受ける時点でエグジット(他社への売却とか株式公開など)の見通しを具体的にもっておくべきでしょう。

3.   融資

金融機関から借り入れる方法。

対象となる金融機関には、銀行・信金・信組などの民間の金融機関もあれば、日本政策金融公庫などの公的な金融機関もあります。比較的大規模な資金を安定的に調達したい際や当面の運転資金が必要な時に活用されます。

株式を譲渡する必要がないため、経営権を維持できるメリットはあります。一方、融資金を返済する義務と利息の負担があり、キャッシュフローへの影響が大きいことに留意すべきです。また、誰でもいつでも好きなだけ借り入れできるはずもなく、融資には金融機関による審査があり、少なくとも事業計画や担保が必要です。

公的機関や自治体では創業融資や製品・サービスの開発などへの融資制度がさまざま用意されています。一般に、民間の金融機関よりも金利負担が軽かったり、融資期間が長かったりします。設備投資や運転資金に利用できます。

4.   クラウドファンディング

インターネットを通じて不特定多数の支援者から資金を募る方法。

プロジェクトの宣伝効果や市場テストを資金調達と同時に行ったり、製品やサービスの潜在的なファンを獲得することなどを目指して行われたりするものですが、魅力的なプロジェクトでなければ、思ったようには資金が集まりません。また、クラウドファンディングを行うためのプラットフォームを利用するので、その手数料が発生します。

そもそもクラウドファンディングが成立するくらい、注目を集めることができるのであれば、他の資金調達手段でも相応の資金を集めることができるでしょう。

一般的には、社会課題を解決しようと試みるプロジェクトや製品・サービスの立ち上げに効果的な方法ですが、資金調達手段として必要な資金に占める割合を高く予定することは避けたほうがよいでしょう。

5.   資産売却

事業の一部及び稼働率の低い資産や保有しているだけの権利関係(パテントなど)を他者に売却して現金を入手する方法。

既に何らかの事業を行っている場合は、既存の事業で活かしきれていない資産を売却したり、現事業で活用している資産であっても一旦売却してリースバックするなどして、現金を生み出します。

新たに起業して事業を立ち上げる場合やもともと固定資産をあまり保有していないビジネスでは、売却すべきものがありません。一般に大企業や歴史が長い法人であれば売却できる資産がありそうです。この手段を用いることができるのは限定的と言わざるを得ません。

6.   補助金・助成金

国や自治体が一定の条件を満たす事業者に提供する支援金のことです。

返済不要なので事業のコストを削減できたり、採択されることで事業の信用力が向上したりする可能性があります。但し、融資や出資に比べて金額的には小さいので、この手段だけで資金を調達するのは無理があります。また、通常、必要な投資に要する費用を一旦は事業者が全額支払い、その領収書などを精査した後に、その費用の一部を補助金・助成金として支給することになるので、別途、融資などの資金調達が必要となります。

未経験者にとって申請手続きが複雑に感じるかもしれない上、審査結果が出るまでに時間がかかり、ストレスを感じる経営者も少なくないでしょう。また、多くの場合、資金の使途が限定されていますから、同じ法人の別の事業に転用したりすると、事後的に返還を求められることもあります。

補助金・助成金を活用するには、業種や事業規模に適したものを探し出すことが必要です。その探索や書類の作成・申請といった業務を専門家に依頼することも多いでしょう。中には、成功率を向上させることができますと謳う専門家もいますが、玉石混交は否めません。

自社で活用するのに適した補助金・助成金にはどのようなものがあるのか不明であれば、取引のある金融機関及び自治体の専門部署や商工会議所などに相談するのも一つの方法です。

7.   資金回転

入金(即時の売上回収、前受金となるサービスの導入など)と出金(支払い期限の先延ばし)の時間差を利用して、現金を確保する方法。

現金販売のみか現金販売中心の小売業や外食産業、入会費を徴収する会員制のサービス、サブスクリプションによるサービス事業など、先払いや現金収入があり費用の支払いが後払いの契約や慣行となっている特定のビジネスモデルで活用可能な方法です。一般にどの事業者でも使える手段というわけではありません。

事業が量的に成長するほど、次の仕入れやサービス開発により大きな資金が必要となるので、この方法だけでは資金需要に対応しきれません。反対に、事業が縮小しつつある際には、この方法で確保できる資金も縮小していくので、他の資金調達手段を用いなければなりません。

 

さて、ここで仮に1,000万円の投資に対して、補助率が2分の1で最大500万円までの補助金があるとしましょう。多くの場合、補助金は正味(消費税を含まない)価格に対する補助率なので、1,000万円の投資ということは、補助金を支給される前に事業者が支払う金額は消費税を含めて1,100万円です。事前の申請書の通りに補助金を満額得ることができたとしても支給される補助金・助成金は500万円ですから、600万円は申請した法人が最終的に負担することになります。

もちろん、補助金の申請準備の前から金融機関などに相談していれば、投資に必要な金額全体を融資したり、このケースで言えば600万円を法人が自己資金で調達し、補助金相当額をつなぎとして融資することもあります。いずれにしても、キャッシュフローの面から言えば、600万円は社外に出ていくことになります。それだけの資金流出があっても取り組むべき経営課題があるから、この1,000万円の投資を行うわけです。

1年前のコラム「2024年度の補助金・助成金をより戦略的に申請するには」では、以下に引用するように指摘しました。

 

改めて考えてみると、補助金・助成金を活用しようとする際に、補助金・助成金の制度ありきで考えるのではなく、自社の経営課題は何かということを最初に検討すべきです。

既存の事業がうまくいかず、赤字を垂れ流すまま現状があるとしましょう。

抜本的に事業を組み替える必要があるのであれば、まずはリストラが必要です。いわゆる止血にまずは取り掛かります。赤字部門の統廃合や人員を含む事業資産の整理などを、金融機関や社外専門家などの協力を得ながら進めることになりますが、こういう場合に活用できる補助金・助成金があれば助かるはずです。例えば、雇用調整に活用できる補助金とか、事業の売却や引継ぎ時に活用できる助成金です。

次に、今後展開すべき事業を立ち上げて軌道に乗せることが求められますが、その際にも活用できる補助金・助成金がありますから、使わない手はありません。製品開発や市場開拓に活用できる補助金・助成金は、地域や業界などに応じて様々なものがあります。

 

 実際に補助金・助成金を申請しようとする法人・個人のなかには、こうした経営課題に関する問題意識よりも、当面の資金調達のことが優先しているケースが多々見られます。中には、資金調達というよりも、コロナ対策で行われた給付金と同じようなものと誤解して、書類を用意すればもらえる金と思って申請しようとする場合も見受けられます。

再度述べますが、補助金・助成金というのは、資金調達というよりも、掛かった費用の一部が後から払い戻されるもの、そのように経営者は認識しなければなりません。本来の資金調達は、先ほど挙げた15の手段です。

表現を変えると、個人事業者や中小企業で資金調達というのであれば、1,000万円単位の資金需要がある、少なくとも500万円程度の資金が必要というのでなければ、資金調達を考える意味がないでしょう。100万円にも満たない補助金・助成金では、もはや資金調達ではなく、後日払い戻される割引に過ぎません。

現実の補助金・助成金には事業者向けであっても、支給額が100万円に満たないものも少なくありません。これらは資金調達の手段ではありえず、政策的に推奨される活動を行った事業者に対するご褒美かキックバックを公的機関が些少なりとも与えるに過ぎません。

その僅かな金額でも、ないよりはましというほど財政的に困窮している事業者が存在することも事実です。そういう事業者に限って、申請事務を怠ったり、補助・助成を得ようとして下手に政治家に頼ったりして、その補助金・助成金を取り扱う公的機関からダメ出しをくらう事例も時々見聞します。

どうせ、政治家に頼るのであれば、補助金・助成金の制度設計や見直しのために陳情を行う際に活躍してもらう方が社会的に良いはずです。それこそ、政治の本来果たすべき役割というものでしょう。

補助金・助成金を資金調達の手段としたいのであれば、まずは解決すべき経営課題を特定し、その解決に向けた事業計画や投資計画を策定して補助金・助成金以外の手段(主に15)で必要な資金の手当てを行うことです。そして、解決に向けて何らかの投資や費用支出を行った際に、一部を補助金・助成金の制度を通じて回収することになります。

 

作成・編集:経営支援チーム(2025117日更新)

 

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(1)~調整はなぜ必要か~

 

 今年は新卒の初任給が急激に引き上げられるなど、賃金が上昇する傾向が顕著に見られます。あなたが経営者や人事責任者であったとしたら、新卒の初任給を思い切って引き上げた後に、新卒で入社したばかりの社員を除く一般の社員の賃金について、どのような方針で、どのように賃金を改定していこうと考えるでしょうか。

 例えば、次のような状況が想定されます。()は現在の月例賃金で、基本給のみで構成されているものとします。

 

Aさん(30万円):29歳(四大卒・新卒入社8年目)

将来の経営幹部を期待しており数年後の管理職候補である

Bさん(29万円):27歳(四大卒・社会人6年目)

一昨年同業他社より中途採用した際には自社の水準よりも高めの賃金をオファーしたつもり

Cさん(26万円):25歳(四大卒・新卒入社4年目)

仕事は一人前以上にできるので新卒の指導をそろそろ任せたい

Dさん(25万円):23歳(四大卒・新卒入社2年目)

昨年の新卒社員で仕事をひととおり覚えたところ

 

 昨年来の賃金引上げのトレンドを重視した当社は、新卒採用が厳しいとの認識もあり、思い切って28万円を初任給として提示し、何とかEさんほか数名を採用することができました。その中の1名のEさんがここに配属されます。

 

 一般に賃金水準について考える際にもつべき視点は、社外競争力と社内衡平性です(注1)。社外競争力とは、人を採用する際に労働市場における自社の競争力が確保できる水準にあるかどうかを問うものです。社内衡平性というのは、自社の中での賃金のバランスの問題です。

人件費に限りがある以上、社外競争力の点で高い賃金を十分に支払うことができる企業は限られますし、人数も一定の枠があります。幸い、あなたの会社は新卒の初任給を月額3万円、引き上げることができました。その一方、Eさんの配属先の先輩社員4名との給与バランスは、高いほうから並べるとAさん・Bさん・Eさん・Cさん・Dさんとなり、さすがにCさんやDさんから文句が出るはずとあなたも予想しています。AさんやBさんは表立って不平不満は言わないかもしれませんが、CさんやDさんの肩をもつかもしれません。

そこで、初任給引き上げに伴って賃金体系全体の調整が必要となります。そのことをあなたも理解していますが、具体的にどうすればいいのでしょうか。

ちなみに、会社にはさまざまな賃金制度があります。そもそも明確な賃金管理制度や給与決定システムがない会社もあれば、基準となる給与額が役職などにより決まってはいるが、それだけという企業もあります。また、伝統的な号俸表を運用しているケースもあれば、レンジマトリクスやいわゆる年俸制を採用している組織もあるでしょう。

賃金の考え方となると、まだまだ年功色の強い体系を運用している会社もあれば、実力主義や能力主義を標榜して同じ年次でも賃金に明確な差がついていたり職位や給与で年次間の逆転が見られたりする企業もあります。また、職務給体系やスキルに応じた給与をポリシーとしている組織も珍しくはありません。

考え方はさまざまに論じることは可能ですが、現実の賃金は容易に下げることはできません。これを下方硬直性(が強い)といいます。通常、人件費の枠がある中で一定の原資を振り分けることでしか、今いる社員の賃金を増額することはできません。その振り分けのルールや手順、振り分けた結果(賃金の個人別分布)などが組織を構成するメンバーから見て衡平なものと思えるのかどうかが、社内衡平性の視点となります。

言い換えると、理論や方針は明らかであっても、取りうる方策には限界があるのです。その現実的な制約を経営者や人事責任者が口にしてしまっては、賃金に不満をもつ(または賃金を口実にマネジメントを批判する)社員に納得してもらうことは難しいでしょう。まして、他社から引き抜きの声がかかっていたり、転職をしようと決心したりしている社員を引き留めることは無理と言わざるを得ません。

このコラムでは、次回以降、仮説の賃金体系をもとにこの4名の今年度(及びそれ以降)の賃金を考えます。なお、対象者は全員、時間外勤務手当の支給対象者で、固定残業代などの手当てはないものとします。また、家族(扶養)手当や役職手当などは、制度はあっても支給対象者ではない(全員独身で管理職などの役付き者ではない)ものとして扱います。

 

【注1

IEとEC~賃金を考える観点 - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

作成・編集 人事戦略チーム(202455日)

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(2)~明確なルールがない場合~

 

さて、賃金を決めるルールやシステムがない場合、初任給が大幅に上昇した際に既にいる社員の賃金を調整するには、どのような考え方でどのような方法をとって対応すればよいのでしょうか。

こうしたケースでは一般に、業績評価や昇進・異動のルールもないなど、人事管理の仕組み全体がないことが多く、人事に関する制度や手続きも慣例に従うだけということが珍しくはありません。とはいえ、人事の方針や考え方は経営者や人事責任者の頭の中にはあるものです。誰を管理職に登用するのか、誰に賞与を多く支給するのか、考えもなく実行する人はいないはずです。

 

そこでまず理解しておくべきは、こうした状況ではやってはいけないことがあるという点です。

第一は何の手も打たないことです。これは言うまでもないでしょう。問題がわかっているのに放置してはいけません。

次に、いきなり短期間で賃金管理の仕組みをきちんと整備しようとすることもNGです。何も手を打たないことがダメとは言え、いきなりすべてを整理しまとめ上げようとするのも無理があります。

初任給の調整がきっかけとは言え、社員全体の賃金に影響が及びます。また、月例賃金だけではなく賞与や退職金などにも直接波及する場合(注2)もあります。諸手当との調整も必要となるかもしれません。とても短期間では整備しきれるものではありません。

どういう賃金制度を作るにしても、その仕組みの趣旨やルールを対象となる社員全員に説明するだけでも時間と手間がかかります。更に、業績評価や昇進・異動などの人事制度全体の整備も必要になるでしょう。

それではどの程度まで仕組みを作るように考えるべきかというと、多少なりともルール化や制度を志向すべきです。決して、対象者について全員一律に初任給上昇分を超えて昇給させてもいけません。

全員を一律に4万円増額して、Aさんを34万円、Bさんを33万円、Cさんを30万円、Dさんを29万円とすれば、少なくともEさんの初任給28万円よりは高くなります。昇給させることが可能な原資があればいいようにも思えますが、対象者全員が次回(翌年)の賃金改定でも大幅に昇給するはずと間違った期待をもつ虞が大きいのです。

なぜ昇給させるのか、昇給額(率)はどこから算出されたものなのか、対象者にきちんと説明できるかどうかが問われます。単に、初任給よりも高くするためというのでは、人事の方針も何もありません。

そして、姑息な手段に訴えることも厳に慎まなければなりません。

例えば、Eさんの28万円のうち、基本給は25万円で残りの3万円は初任給調整手当と見做して、基本給については他の4名を1万円(または4%)ずつ昇給させて、基本給の序列はAさんからEさんまで維持するといったこともプランとしてはあり得ます。この初任給調整手当は翌年以降、毎年の昇給分と相殺する(来年は基本給が1万円昇給するのであれば、基本給は26万円となり初任給調整手当は1万円減額して2万円となるので、実質は昇給なし)となると、Eさんは退職するでしょう。昇給分を全て減額しなくても、原理的には同じことですし、減額措置をしなければしないで、月例賃金ベースではいつになってもEさんを特別扱いとしているため、衡平性が損なわれたままです。

同様に、賞与を増額して月例賃金で対応しきれなかった分を増額するというのもダメです。なぜなら賞与は変動するものであり、一般には支給されない可能性もあるものだからです。賞与で上乗せする気があるのなら、月例給で支払うことを忌避する理由は見当たらないのです。

また、個別に金額を調整するのも避けたほうがよいでしょう。とりあえずEさんよりもわずかでも多くなるように賃金を個別に引き上げればよいと考えて、Eさんよりも低い2名だけを昇給させて、Dさんを28.5万円、Cさんを29万円にするとか、CさんがBさんと同額ではまずいと考えて28.9万円にするのも、いずれも同じ程度に問題を悪化させるでしょう。賃金が見直されなかったAさんとBさんは元より、CさんやDさんは賃金を引き上げたのにEさんとの差が小さいことに不満を持つものと十分に予想されます。

 

要は、いきなり完全な賃金制度ではないにしても、現在は欠けているルールやシステムを制度化する方向を見せながら、今年に限った暫定的な対応として今いる社員の月例賃金を改定することが求められるのです。

まず、現在の賃金が会社として社員の価値の序列を表していると仮定します。その序列を当面は維持する方針としましょう。その上で、ルールはないとしても、個別に金額を決めるのではなく、一定のメカニズムで金額を算定してみるほうが、経営者や人事責任者のもっている考え方を目に見える形にできるぶんだけ望ましいのです。

そこで、Eさんの28万円が最も低くなるように、Aさん・Bさん・Cさん・Dさんをある方針に従って昇給させることが必要です。一例としては、Dさんを29万円(4万円昇給)、Cさんを30.5万円(4.5万円昇給)、Bさんを33.5万円(4.5万円昇給)、Aさんを35万円(5万円昇給)とすることで、金額の序列と昇給額の序列をある程度まで一致させることができます。

もちろん、これだけの昇給を行うには、人件費の増加を覚悟しなければなりません。コストアップがあっても経営上対処可能な範囲かどうか、頭の中だけでも試算しておく必要があります。賞与や退職金の算定方式が基本給に直結している場合のそれぞれの増額分や時間外勤務手当等の算定基礎額の上昇など、人件費全体への波及が大きくなるので、人件費総額の簡易なシミュレーションをできれば行いたいところです。

その結果によっては、昇給額を抑える必要性が出てくるかもしれません。なお、補助金・助成金によっては、従業員の賃上げに応じて補助金・助成金が支給されたり、補助金・助成金の上限額が引き上げられたりするものもあります(注3)から、人件費総額の上昇がそのまま経営にマイナスとなるわけではない場合も考えられます。

ただ、こうしたやり方は、方向性は示すことはできても、細部まで説明することが難しいので、経営者や人事責任者の恣意的な方策と捉えられるリスクもあります。そこで、今回限りの応急措置と明示した上で、一定の時間と労力をかけて、人事制度を人の支配からルールやシステムに基づくものに変更していくことを同時に表明すべきでしょう。

 

【注2

具体的に言えば、次のような算定式で支給額が算出される場合が該当します。

賞与=基本給×支給月数×業績評価別係数

退職金=基本給×支給率×退職事由別係数

人事に関する明確なルールがない組織であっても、規定上または運用上こうした算定式を用いていることも多いので注意を要します。

 

【注3

一例を挙げると、「キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コースなど)」や「事業承継・引継ぎ補助金」があります。

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024510日)

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(3)~基準となる給与がある場合~

 

 次に、基準となる給与が明確に決められている場合を採り上げます。この場合、基準そのものが何かということがまず問われるべきポイントですが、ここでは表1に示すように、代表的な職位に対して基準となる基本給与が月額で決められているものとして、初任給引き上げに対する調整方法を解説します。

 

表1・基本給体系(改定前)

     

職位

昇進期限

実在者

基準給与

年次昇給

EO

原則36年まで

 

1,000,000

なし

MD

原則48年まで

 

800,000

なし

D

原則510年まで

 

600,000

なし

SM

最短2年最長5年

 

500,000

10,000

M

最短1年最長3年

 

450,000

10,000

SS

最短1年最長3年

 

320,000

7,500

S

最短1年最長3年

Aさん、Bさん

280,000

5,000

A

最短1年最長3年

Cさん

255,000

2,500

E

最短6か月最長1年

Dさん

250,000

なし

 

このケースでは、職位は大きく3段階に分かれるものとします。執行役員レベルのEO(エグゼクティブ・オフィサー)とMD(マネージング・ディレクター)、管理職レベルのD(ディレクター)・SM(シニア・マネージャー)・M(マネージャー)、担当レベルのSS(シニア・スタッフ)・S(スタッフ)・A(アソシエイト)・E(エントリー)です。

それぞれの昇進期限が定められており、最長年限に至っても昇進に至らない場合は、社内の他の職種に移るか他社にキャリアを求めるかを選択することになります。上級管理職や執行役員は任期制で、任期中に昇進することもあれば、任期満了で退任ということもあります。

1回で紹介したように、既にいる社員4名は次の通りです。

 

Aさん(30万円):29歳(四大卒・新卒入社8年目)

将来の経営幹部を期待しており数年後の管理職候補である

Bさん(29万円):27歳(四大卒・社会人6年目)

一昨年同業他社より中途採用した際には自社の水準よりも高めの賃金をオファーしたつもり

Cさん(26万円):25歳(四大卒・新卒入社4年目)

仕事は一人前以上にできるので新卒の指導をそろそろ任せたい

Dさん(25万円):23歳(四大卒・新卒入社2年目)

昨年の新卒社員で仕事をひととおり覚えたところ

 

これらの実在者のうち、Dさんは職位Eから職位A(アソシエイト)に昇進となるので、賃金額に改定がなければ職位Aの基準額である255,000円となります。Cさんは職位Aとして問題ない評価ですが、職位S(スタッフ)に昇進させるまでの成果(例えば「新卒入社した社員を指導して定着させる」など)は見られないので昇進は見送り、年次昇給は対象とするので265,000円(基準給与+年次昇給2回分)となります。Bさんは満1年を経ての評価なので、職位S(スタッフ)の年次昇給1回分を加算して295,000円、Aさんは職位S(スタッフ)から職位SS(シニア・スタッフ)に昇進が認められたのでSSの基準給与320,000円となります。ここまでは、賃金制度の改定がなかったとした場合の個人ごとの昇進や昇給の扱いとなります。

そこで初任給を引き上げたことにリンクして賃金制度の改定を行うと、特に担当レベルの賃金を初任給に連動して大幅に引き上げる必要が出てきます。その結果、次のように基準給与や年次昇給額を改定したものとします。

 

2・基本給体系(改定後)

         

職位

昇進期限

実在者

基準給与

基準給与の改定

年次昇給

年次昇給の改定

EO

原則36年まで

 

1,000,000

1,000,000

なし

 

MD

原則48年まで

 

800,000

810,000

なし

 

D

原則510年まで

 

600,000

620,000

なし

 

SM

最短2年最長5年

 

500,000

530,000

10,000

12,000

M

最短1年最長3年

 

450,000

480,000

10,000

12,000

SS

最短1年最長3年

Aさん

320,000

350,000

7,500

9,000

S

最短1年最長3年

Bさん

280,000

315,000

5,000

6,000

A

最短1年最長3年

Cさん、Dさん

255,000

290,000

2,500

3,000

E

最短6か月最長1年

Eさん

250,000

280,000

なし

なし

 

新入社員として入社したばかりのEさんの初任給は、この表の基準給与の通り280,000円です。先輩社員4名もこの表を適用するのですが、その結果は次のように昇給幅が大きく変化します。

 

Aさん:350,000円(職位SSの基準給与額)

昇進による昇給も含めて前年より50,000円アップ

Bさん:321,000円(職位Sの基準給与額+年次昇給額1回分)

前年より31,000円アップ

Cさん:296,000円(職位Aの基準給与額+年次昇給額2回分)

前年より36,000円アップ

Dさん:290,000円(職位Aの基準給与額)

昇進による昇給も含めて前年より40,000円アップ

Eさん:280,000円(職位Eの基準給与額=引き上げ後の初任給)

 

AさんとDさんは今回昇進したので、それぞれの昇進後の職位における改定後の基準給与額が適用されます。BさんとCさんは、現在の職位での年次評価の回数に応じて年次昇給額が決定される点はこれまでの賃金制度と同じですが、各々の職位における基準給与額と年次昇給額が増えたために、昇給額が大きくなっています。

ここで昇給額に注目し過ぎると、Bさんの昇給額が他の3名に比べて低いように思われるかもしれません。Bさんのように中途採用時に賃金が既にいる社員よりも高めだった場合は、組織内部でのバランス(衡平性)の力学が働いいているために昇給が抑制的になった、と賃金政策上は捉えることができます。

この賃金制度のような仕組みでは、同じ職位での昇給の問題よりも、昇進できるかどうかのほうが賃金額や昇給額を大きく影響します。その点を強調して言えば、Bさんは毎年の昇給よりも、昇進できるかどうか、昇進するにはどのような成果が求められるのか、ということにフォーカスしてキャリアを考えるべきだというメッセージが賃金制度から伝えられているのです。

実際、こうした賃金制度を構築し運用しようとすれば、賃金以外の要素の方が人事政策上は重要です。雇用慣行でいえば、昇進までの最長年数が定められているように、一定の年限内に昇進できなければ他のキャリアに転換することが要請されます。

つまり、アップ・オア・アウトのポリシーを徹底するのです。具体的に言えば、最短昇進年数と最長昇進年数の平均値の逆数(注4)に匹敵する割合で、当該職位の社員について、昇進・異動・退職などによる人員の入れ替えが起きることが予定されています。例えば、定常的に早期退職優遇制度を実施するとか、自己都合による退職時の退職金の減額を行わずに退職金を満額支給することで、社員の流動化を促す(少なくとも流動化を妨げない)処遇ルールが必要となります。

そして、職位全体を通してみた組織全体の人員構成が正規分布に近くなるように人員の流動化を円滑に進めることが不可欠です。マネージャーまでの昇進は、業績評価だけでなく業務遂行上必要なスキルや顧客満足を高めたり組織運営を効率的に行ったりするのに求められるコンピテンシーなどを多面的に評価するので、厳格な定数管理ではないとしても、上級管理職位以上の上位者は実質的に定員制であることが多いでしょう。だからこそ、このケースのような大幅な昇給、即ち、人件費の急増を実施しても、組織としては成り立ちます。

そうした組織では、事業分野やサービス領域で収益力が低いものや成長性に限界が見られるものは、スピンオフして独立したりするか、少なくとも担当役員レベルの退職で人件費を作り出すことが不可避です。このような事象は、現にファーム型の組織(監査法人やコンサルティング会社など)やIT業界で当たり前に見られるものです。今後は、他の業界でもある程度は一般的に見られるようになるかもしれません。

 

【注4

例えば、SSでいえば1年と3年の和の2分の12なので、平均の昇進年数は2年となります。その逆数は2分の1となりますから、毎年半数程度の入れ替え(昇進、異動、退職)が起きることが予定されています。

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024518日)

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(4)~レンジマトリクス方式を採用している場合~

 

今回は、レンジマトリクス方式(注5)を採用している場合を検討します。

レンジというのは、給与グレード(等級)ごとに上限の金額と下限の金額が定められており、ある給与グレードに属する人は原則として全員、下限の金額を保証されており上限の金額を超えての昇給はあり得ないということになっています。

ここでいう給与グレードというのは、ジョブディスクリプションや組織分掌規程などによりしっかりと定義されている職位ほどは厳密に運用されるものではなく、代表的な職位ごとに属する定めたものです。

自社の既存社員は必ず、いずれかの給与グレードに位置づけることになります。同時に、社外から人材を採用する際に、社外の職位や役職などを自社の給与グレードに対応させておき、特に中途採用者を前職と連動させて位置づけることも可能となります。

 

一般に、同じ給与グレードでも個々の給与額は異なることから、レンジ(同一レンジにおける給与の幅)内でどのような位置づけ(相対的に高いほうか低いほうか標準的な水準にあるのか)にあるのかによって、同じ評価結果であっても昇給額(または昇給率)が異なることになるのが、レンジマトリクス方式の特徴です。

つまり、同じ給与グレードにある者であっても、給与額が相対的に低いと昇給幅が大きくなり、相対的に高いと昇給幅が小さくなるのです。その結果、グレードが同じでそのグレードに滞留している年数も同じで評価結果も同じであれば、そのグレードに位置づけられた当初は給与額に差があっても、一定の期間のうちにその差が小さくなり原理的には解消していくメカニズムを内包している給与管理システムです。

この会社で採用しているレンジマトリクス方式は、表3に示すものであるとします。通常よく見られる昇給率を定める方式ではなく、昇給額が理解しやすい昇給額を定める方式を採用しています。また、各グレードのもつ給与レンジ(上限額と下限額との差額の幅)は、ひとつ上のグレードの加速域(レンジの下方30%相当)にひとつ下のグレードの減速域(レンジの上方の30%相当)が一部重なっています。

これは、異なるグレード間でのレンジの重なりが大きすぎるとグレードの意味が薄れてしまい、グレードが上がることへの誘因が弱くなってしまわないように意図されています。同時に、まったくレンジの重なりがないのであれば、給与グレードが処遇の決定要素として大きくなりすぎてしまい、異なる部門や職種へのチェレンジを阻害する虞が出てきてしまいます。そこで、レンジの重なりは部分的なものにとどめて設計・運用しています。

ちなみに、AさんとBさんはG2CさんとDさんはG1、新入社員のEさんはG1に位置づけられています。

 

表3・基本給レンジ(改定前)

 

グレード

給与レンジ

給与月額

標準昇給額

G3

減速域上限

400,000

0

 

減速域下限

368,000

6,000

 

標準域下限

344,000

8,000

 

加速域下限

320,000

10,000

G2

減速域上限

350,000

0

 

減速域下限

329,000

5,500

 

標準域下限

301,000

7,000

 

加速域下限

280,000

8,500

G1

減速域上限

300,000

0

 

減速域下限

285,000

4,000

 

標準域下限

265,000

5,000

 

加速域下限

250,000

6,000

 

さて、初任給調整などの事由により12%程度の昇給が求められるのであれば、給与レンジの金額そのものを同じ率で引き上げることで対応することができます。若しくは、標準額(給与レンジの中央値)に対する昇給率をアップさせることで昇給額を増額し、実在者の給与をより多く増額することも可能です。

前者をG1に適用すれば、下限を250,000円から255,000円へ2%アップさせ、上限を300,000円から300,000円へと一律に5,000円あげることになります。後者をG1に当て嵌めてみると、レンジの上下限の金額は変えずに、標準域の標準昇給額を5,000円から7,000円に引き上げて、加速域や減速域の標準昇給額も2,000円ずつアップさせるといったものが一つの案となります。

個人の給与は、こうした改定を経た後のグレードごとの給与レンジと標準昇給額と人事評価結果に基づいて算出されます。従って、初任給調整に伴う引上げで最も問題となるDさんは、前者では加速域下限が255,000円になった上に標準昇給額の6,000円が加わるとすれば、261,000円となります。後者では加速域での標準昇給額が8,000円となるので、258,000円が2年目の基本給与となります。

しかし、今検討しなければならないのは、12%程度の初任給アップではありません。250,000円から280,000円へと月に30,000円、率に直して12%の昇給に対する既存社員の給与の見直し措置です。

もし、昇給させるべき率が10%未満(5%程度)であれば、加速域に達していない金額を対象に、超加速域と呼ぶべき例外的に大きな昇給を実施するということも考えられます。検討しているケースでは、超加速域の昇給を標準域の2倍としても、Dさんは元よりCさんも1回の昇給では28万円には届きません。

そこで、給与レンジも標準昇給額もまとめて一気に改定することが必要となります。その結果を表4にまとめます。

 

4・基本給レンジ(改定後)

 

グレード

給与レンジ

給与月額

標準昇給額

G3

減速域上限

430,000

0

 

減速域下限

398,000

6,000

 

標準域下限

374,000

8,000

 

加速域下限

350,000

10,000

G2

減速域上限

390,000

0

 

減速域下限

369,000

5,500

 

標準域下限

341,000

7,000

 

加速域下限

320,000

8,500

G1

減速域上限

330,000

0

 

減速域下限

310,000

4,000

 

標準域下限

295,000

5,000

 

加速域下限

280,000

6,000

 

この表に従って新入社員のEさん以外の4人の既にいる社員の給与を改定します。AさんとBさんはG2CさんとDさんはG1なので、グレードの変更(昇級)がなければ以下のように取り扱うのが一案です。

 

Aさん(30万円):

G2の加速域下限の金額に標準昇給額8,500円を加算して328,500円(昇給28,500円)

Bさん(29万円):

G2の加速域下限の金額とし320,000円(昇給30,000円)

Cさん(26万円):

G1の加速域下限の金額に標準昇給6,000円を3回分加算して298,000円(昇給38,000円)

Dさん(25万円):

G1の加速域下限の金額に標準昇給6,000円を加算して286,000円(昇給36,000円)

 

 レンジマトリクス方式においてレンジの見直しは必ずしも給与改定(多くは4月)の時季に一致させなければならないわけではありません。

このところ顕著となっているように社外の賃金相場が急激に上昇している時や、職種や業種のよって往々にして見られる人材の争奪戦が激しい状況では、半期や四半期で採用時の給与は見直さなければならないこともあります。そうした状況下では、タイミングよく社外相場の上昇に応じて給与レンジを改定しなければならないこともあります。

新たに採用する社員は改定後のレンジに位置づけて、既存の社員についても、できるだけ早期に、遅くとも定例的な給与改定時には、改定後のレンジに応じて昇給を大きくすることで外部相場の上昇に社内水準も追いついていくメカニズムが人事政策上不可欠なのです。その際、レンジを適宜見直しておいた上で、昇給させるべき(戦力となる=退職してほしくない)社員により多くの昇給原資を回すことができる仕組みとして、レンジマトリクス方式はある程度は有効と言えるでしょう。

 

【注5

レンジマトリクス方式のテクニカルな説明は当コラムで以前ご紹介したことがあります。以下のものを参照してください。

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(2) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(3) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(4) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024522日)

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(5)~オーソドックスな号俸表の場合~

 

給与等級ごとに金額の上下限を定める給与管理の方式として、号俸表によるものがあります。前回説明したレンジマトリクスよりもオーソドックスな方式かもしれません。号俸表はレンジマトリクス方式と似ており、等級ごとの金額が一定の幅の中にあり、同じ給与等級で同じ評価結果であれば概ね同じ水準の給与額であるべきだという考え方に基づくものです。

 

5・基本給号俸表(改定前)

   

給与等級

給与レンジ

給与月額

定期昇給額

3等級

滞留上限(16号)

397,000

0

(主査)

超過滞留(11号)

387,000

2,000

 

標準滞留年(6号)

367,000

4,000

 

初号(下限)

327,000

8,000

2等級

滞留上限(16号)

339,500

0

(主任)

超過滞留(11号)

330,500

1,800

 

標準滞留年(6号)

313,000

3,500

 

初号(下限)

278,000

7,000

1等級

滞留上限(16号)

285,000

0

(担当)

超過滞留(11号)

280,000

1,000

 

標準滞留年(6号)

270,000

2,000

 

初号(下限)

250,000

4,000

 

この表に示した号俸表は、レンジマトリクス方式とは給与管理のテクニカルな部分が異なり、それは昇給ルールに最も表れています。

この表の右端にある「定期昇給額」というのは、標準滞留年数(上位等級に昇給するのに標準的に掛かるであろう所要年数の目安、ここでは5年)の間は毎年この金額分の昇給を適用することを明示しています。ただ、全ての社員が標準滞留年数以内で昇級できるとは限らないので、超過滞留年数を標準滞留年数の2倍に取っています。

この超過滞留年数の間は定期昇給があるといっても減額されており、超過滞留の初めの5年間は標準滞留期間の定期昇給額の半分ほど、超過滞留の後半の5年間は更に減額して前半の半分ほどになっています。そして、超過滞留年数を超えての昇給はないものとしてルール化されています。

また昇級時には、昇格昇給として標準滞留年数で適用される定期昇給の2年分に相当する金額を上乗せして基本給を増額するというルールを採用しています。標準的に昇級していくと、初号(1号俸)の金額に5年分の定期昇給額を加算し、更に2年分の定期昇給額を上乗せした金額が直近上位の給与等級の初号(1号俸)の金額となるように設計されています。

この昇格昇給は、昇級した人全員に適用されるので、滞留上限にいた人が昇格した際にも適用されます。例えば、1等級16号俸だった人が2等級に昇級する際は、285,000円に8,000円が加算されて293,000円となり、その金額の直近上位の号俸の2等級4号俸299,000円が昇格後の基本給与となります。

このように、表5のような号俸表は原理的にはあり得ても、実務的には昇給額の幅が大きく、運用しにくいケースに直面することが多々あります。そこで、表5における1号俸を5等分に細分化して標準的な評価であれば毎年5号俸ずつアップさせていくのが、表6に例示した段階号俸表です。

 

表6・基本給段階号俸表(改定前)

 

給与等級

1等級(担当)

2等級(主任)

3等級(主査)

標準昇給

4,000

7,000

8,000

1

250,000

278,000

327,000

2

250,800

279,400

328,600

3

251,600

280,800

330,200

4

252,400

282,200

331,800

5

253,200

283,600

333,400

6

254,000

285,000

335,000

7

254,800

286,400

336,600

8

255,600

287,800

338,200

9

256,400

289,200

339,800

10

257,200

290,600

341,400

11

258,000

292,000

343,000

12

258,800

293,400

344,600

13

259,600

294,800

346,200

14

260,400

296,200

347,800

15

261,200

297,600

349,400

16

262,000

299,000

351,000

17

262,800

300,400

352,600

18

263,600

301,800

354,200

19

264,400

303,200

355,800

20

265,200

304,600

357,400

21

266,000

306,000

359,000

22

266,800

307,400

360,600

23

267,600

308,800

362,200

24

268,400

310,200

363,800

25

269,200

311,600

365,400

26

270,000

313,000

367,000

27

270,400

313,700

367,800

28

270,800

314,400

368,600

29

271,200

315,100

369,400

30

271,600

315,800

370,200

31

272,000

316,500

371,000

32

272,400

317,200

371,800

33

272,800

317,900

372,600

34

273,200

318,600

373,400

35

273,600

319,300

374,200

36

274,000

320,000

375,000

37

274,400

320,700

375,800

38

274,800

321,400

376,600

39

275,200

322,100

377,400

40

275,600

322,800

378,200

41

276,000

323,500

379,000

42

276,400

324,200

379,800

43

276,800

324,900

380,600

44

277,200

325,600

381,400

45

277,600

326,300

382,200

46

278,000

327,000

383,000

47

278,400

327,700

383,800

48

278,800

328,400

384,600

49

279,200

329,100

385,400

50

279,600

329,800

386,200

51

280,000

330,500

387,000

52

280,200

330,860

387,400

53

280,400

331,220

387,800

54

280,600

331,580

388,200

55

280,800

331,940

388,600

56

281,000

332,300

389,000

57

281,200

332,660

389,400

58

281,400

333,020

389,800

59

281,600

333,380

390,200

60

281,800

333,740

390,600

61

282,000

334,100

391,000

62

282,200

334,460

391,400

63

282,400

334,820

391,800

64

282,600

335,180

392,200

65

282,800

335,540

392,600

66

283,000

335,900

393,000

67

283,200

336,260

393,400

68

283,400

336,620

393,800

69

283,600

336,980

394,200

70

283,800

337,340

394,600

71

284,000

337,700

395,000

72

284,200

338,060

395,400

73

284,400

338,420

395,800

74

284,600

338,780

396,200

75

284,800

339,140

396,600

76

285,000

339,500

397,000

 

細分化した分、評価差を金額に反映させることもできます。良ければ6号俸とか7号俸というように昇給させたり、悪ければ4号俸とか3号俸しか上げないという運用も可能です。また、号俸が細かく分かれているので、昇格者や中途採用者の給与を比較的無理なく位置づけることが可能となります。

この表で「標準昇給額」というのは、標準的な滞留年数に該当する号俸域(126号俸)で標準的な評価を得た場合に適用される号俸の上方移動(表6では5号俸アップ)が行われた際の昇給額をいいます。表5における「定期昇給額」と同額なので、表を作成する時には表5の「定期昇給額」を5で除した金額が1号俸の差額(例えば2号と1号の差額)となっています。

改定前から表6の段階号俸表を用いているとすれば、実在者4名の等級と号俸は次のようになります。

 

Aさん:2等級17号俸300,400

Bさん:2等級10号俸290,600

Cさん:1等級14号俸260,600

Dさん:1等級1号俸250,000円(初任格付け)

 

もし、ベースアップ(号俸表そのものを全面的により高い金額に書き換えること)がなければ、評価結果は標準的なものであったと仮定して、5号俸ずつ号俸を加算することになるので、この4名は表6により次のように定期昇給が行われるはずです。

 

Aさん:2等級22号俸307,400円、昇給額7,000円(2.3%アップ)

Bさん:2等級15号俸297,600円、昇給額7,000円(2.4%アップ)

Cさん:1等級19号俸264,400円、昇給額4,000円(1.5%アップ)

Dさん:1等級6号俸254,000円、昇給額4,000円(1.6%アップ)

 

さて、表5の最も低い給与額である1等級1号俸を、25万円から28万円に引き上げたとすれば、表5の金額全体が引き上げられることになります。これは、前回説明したレンジマトリクスと同様です。給与レンジや定期昇給額を調整した結果が表7となります。

 

表7・基本給号俸表(改定後)

   

給与等級

給与レンジ

給与月額

定期昇給額

3等級

滞留上限(16号)

433,500

0

(主査)

超過滞留(11号)

424,000

1,900

 

標準滞留年(6号)

405,000

3,800

 

初号(下限)

367,500

7,500

2等級

滞留上限(16号)

380,000

0

(主任)

超過滞留(11号)

371,000

1,800

 

標準滞留年(6号)

353,500

3,500

 

初号(下限)

318,500

7,000

1等級

滞留上限(16号)

328,500

0

(担当)

超過滞留(11号)

321,500

1,400

 

標準滞留年(6号)

307,500

2,800

 

初号(下限)

280,000

5,500

 

この表は表5と同じルールで作成され、運用されますから、定期昇給や昇格昇給も表5と同様に行われます。

5から表7へとベースアップが行われたのと同じく、表6からベースアップを施したものが表8になります。

 

8・基本給段階号俸表(改定後)

 

給与等級

1等級(担当)

2等級(主任)

3等級(主査)

標準昇給

5,500

7,000

7,500

1

280,000

318,500

367,500

2

281,100

319,900

369,000

3

282,200

321,300

370,500

4

283,300

322,700

372,000

5

284,400

324,100

373,500

6

285,500

325,500

375,000

7

286,600

326,900

376,500

8

287,700

328,300

378,000

9

288,800

329,700

379,500

10

289,900

331,100

381,000

11

291,000

332,500

382,500

12

292,100

333,900

384,000

13

293,200

335,300

385,500

14

294,300

336,700

387,000

15

295,400

338,100

388,500

16

296,500

339,500

390,000

17

297,600

340,900

391,500

18

298,700

342,300

393,000

19

299,800

343,700

394,500

20

300,900

345,100

396,000

21

302,000

346,500

397,500

22

303,100

347,900

399,000

23

304,200

349,300

400,500

24

305,300

350,700

402,000

25

306,400

352,100

403,500

26

307,500

353,500

405,000

27

308,060

354,200

405,760

28

308,620

354,900

406,520

29

309,180

355,600

407,280

30

309,740

356,300

408,040

31

310,300

357,000

408,800

32

310,860

357,700

409,560

33

311,420

358,400

410,320

34

311,980

359,100

411,080

35

312,540

359,800

411,840

36

313,100

360,500

412,600

37

313,660

361,200

413,360

38

314,220

361,900

414,120

39

314,780

362,600

414,880

40

315,340

363,300

415,640

41

315,900

364,000

416,400

42

316,460

364,700

417,160

43

317,020

365,400

417,920

44

317,580

366,100

418,680

45

318,140

366,800

419,440

46

318,700

367,500

420,200

47

319,260

368,200

420,960

48

319,820

368,900

421,720

49

320,380

369,600

422,480

50

320,940

370,300

423,240

51

321,500

371,000

424,000

52

321,780

371,360

424,380

53

322,060

371,720

424,760

54

322,340

372,080

425,140

55

322,620

372,440

425,520

56

322,900

372,800

425,900

57

323,180

373,160

426,280

58

323,460

373,520

426,660

59

323,740

373,880

427,040

60

324,020

374,240

427,420

61

324,300

374,600

427,800

62

324,580

374,960

428,180

63

324,860

375,320

428,560

64

325,140

375,680

428,940

65

325,420

376,040

429,320

66

325,700

376,400

429,700

67

325,980

376,760

430,080

68

326,260

377,120

430,460

69

326,540

377,480

430,840

70

326,820

377,840

431,220

71

327,100

378,200

431,600

72

327,380

378,560

431,980

73

327,660

378,920

432,360

74

327,940

379,280

432,740

75

328,220

379,640

433,120

76

328,500

380,000

433,500

 

この表を用いると、実在者の等級・号俸・給与月額・昇給額(定期昇給とベースアップの合算額)は次のようになります。

 

Aさん:2等級22号俸347,900円、昇給額47,500円(15.8%アップ)

Bさん:2等級15号俸338,100円、昇給額47,500円(16.3%アップ)

Cさん:1等級19号俸299,800円、昇給額39,200円(15.0%アップ)

Dさん:1等級6号俸285,500円、昇給額35,500円(14.2%アップ)

Eさん:1等級1号俸280,000円(初任格付け)、初任給としては30,000円(12%)アップ

 

号俸表の仕組みを活かしたうえで、最も下位の等級・号俸を10%以上、一気に昇給させると、もともとある定期昇給の昇給率(約2%)に加えて、全体的に同じ率でスライドさせる昇給(ベースアップ)があるので、個別には15%前後の昇給率となることがわかります。

号俸表及び段階号俸表は、金額そのものを管理するのではなく、等級と号俸を管理します。そのため、ベースアップ等による表の書き換えが起きた際は、個別の調整を考えることが不要で、書き換え後の表に基づいて給与額が決まります。その分、機械的に取り扱うことができる半面、人件費の増額が不可避です。実務的には、個別の昇給シミュレーションを行った上で人件費総額への影響を確認して、再度、個別の昇給シミュレーションに戻ることになります。

 

【注6

段階号俸表及び号俸表の仕組みについても、当コラムで以前ご紹介したことがあります。以下のものを参照してください。

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(5) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024531日)

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(6)~いわゆる年俸制の場合~

 

給与管理の仕組みとして、いわゆる年俸制を採用している企業もあります。その場合も、新卒採用者の初任給が急激に引き上げられたことに対応する必要があります。年俸制のひとつの例として、今回のコラムで示した人材プロフィール及び基本給与(月額)を次のように読み替えることで提示することができます。

まず、基本給与月額を年俸に変えるには、次に示した式(注7)で算出した金額をそれぞれの基本(固定)年俸と定義して支給するのが一案です。なお、管理職扱いの対象外であるため、労働時間管理上は裁量労働制の対象となる職種(例えばITエンジニアや経営企画などの企画業務に従事する労働者)に該当していることが前提条件となります。

 

基本給与(月額)×(124)+時間外勤務手当相当分(月30時間)×12

 

 上記の式から4名の年俸を仮に算定すると以下のようになります。

 

Aさん(30万円)年俸592.5万円

Bさん(29万円)年俸572.75万円

Cさん(26万円)年俸513.5万円

Dさん(25万円)年俸493.75万円

 

現実的には、次のように年俸額を切りの良い数字にして、年俸総額の12分の1を毎月支給するとか、年俸総額の15分の1を毎月支給し夏冬の賞与支給時に残りの15分の3を分割して15分の1.5ずつを支給するといった方法が取られるでしょう。

 

Aさん(30万円)年俸600万円

Bさん(29万円)年俸575万円

Cさん(26万円)年俸515万円

Dさん(25万円)年俸500万円

 

ちなみに、固定的に支給する年俸は企業の業績による変動はありません。もし、想定以上に業績がよいとか、一定の業績を達成したら支払う現金での報奨があるのであれば、業績賞与の形で別の時季に支給するか、夏冬の賞与時に固定年俸の一部に業績賞与を加算して支給するといったものがよく見られます。

ここに、月額28万円、即ち、年俸に換算すると553万円となるEさんが入社してくるわけですから、年俸額の改定を巡って面談や交渉が厳しく行われることが予想されます。

一般論では、仮に前年度の業績評価が標準的で問題がなく、今年度も同じ仕事をそのまま引き受けていくならば、社外水準の上昇分と同程度の年俸引上げが妥当なところです。すると、実在者の4名は3%程度の年俸改定(注8)は必要でしょうから、515万円から620万円ほどにそれぞれ年俸を引き上げることになるでしょう。

ただ、それだけではEさんのように初任給が急激に上昇しているケースには対応できません。そこで、社内の衡平性が最も問題視されそうなDさんの年俸がEさんの年俸を上回るように570万円とするならば、それ以外の人たちの年俸も70万円程度、昇給率に直すと1114%程度、引き上げる方向で年俸を見直すことになるでしょう。

このように固定的な年俸が1割以上も増加するのであれば、その分人件費等のコストが高くなる分だけ、業績賞与の支給基準となる業績目標のバーが引き上げられることが十分に予想されます。従って、前期は業績賞与が支給されたとしても、今期はその可能性が下がるものと思われます。もちろん、業績賞与に相当するものが全くないという事態もあり得ます。

 

【注7

ここでは諸手当は特にないものとします。1ヶ月の所定労働時間を160時間(週40時間)とし、時間外勤務は月に40時間(週10時間)と見做して基本年俸に含めて支給しています。賞与のうち、夏冬ともに2か月分(年間4か月分)は固定的なもので、原則として全員受け取るものとして扱っています。これらの取り扱いは法的な規則ではなく、個々の組織において業務実態などを勘案して定めることになります。以下にAさんの計算例を挙げておきます。

30万円×16(月)+30万円÷160(時間)×1.25(時間外割増率)×40(時間)×12(月)=480万円+112.5万円

592.5万円

 

【注8

年俸制や職務給などの給与制度を採用しているとか、活発に中途採用を行う必要がある場合、同業他社など社外の給与水準を詳しく調査し、給与及び福利厚生などのプログラムの競争力を維持・向上させることになります。本来は、春闘相場といった大まかな給与マーケットの動向ではなく、もっと焦点を絞った人材マーケットの動向を見て年俸改定を決める必要があります。

 

作成・編集 人事戦略チーム(202463日)

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(7)~昇給管理の場合~

 

給与管理の考え方として、支給する金額(絶対額)を管理指標とする他に、昇給を管理指標とするものもあります。例えば、給与等級ごとに金額の上下限を定めず、給与等級や役職位などに応じて昇給だけで管理する方式です。昇給率を見るものもあれば、昇給額を指標とするものもあります。それらを混合する方法(注9)もあります。

これまで説明に用いてきたケースで言えば、今年は全員一律に5%の昇給を適用するといったものです。具体的には次のようになります。

 

Aさん(30万円)→315,000円(15,000円アップ)

Bさん(29万円)→304,500円(14,500円アップ)

Cさん(26万円)→273,000円(13,000円アップ)

Dさん(25万円)→262,500円(12,500円アップ)

 

ここに28万円のEさんが入社してくるのですが、入社時の給与額はその時の相場(労働市場の情勢)によるので、実在者との間で金額の逆転現象が起きても仕方がないというのが、昇給管理です。それに対して、おかしいとか納得がいかないというのは、昇給管理を是とするならば、社内衡平性の意味を取り違えているのかもしれません。

社内衡平性というのは、何らかの指標で社員を並べたときに、ある指標と別の指標との間に論理的な整合性があり同時に相関性があるはずなのに、その相関性が失われている状態をいいます。

例えば、完全な年齢給しかない会社では、社員を年齢順に並べた順番と給与を高い順に並べた順番が一致していなければなりません。年齢が若い人が高い給与をとるのは、この会社にとっては社内衡平性が喪失しているのです。

もし職務給体系を採っているのであれば、職務等級が高いほど給与が高く、職務等級が低いほど給与が低い、という相関が見られるはずです。このような相関がある状態を社内衡平性と呼ぶのです。

昇給管理というのは、このような給与額の順番を指標とするのではなく、昇給の順番を指標とするものですから、全員一律に5%ということは評価に差がないのであれば社内衡平性は保たれているのです。また、入社したばかりのEさんには今年の昇給は適用されませんから、昨年度働いた人に昇給で報いるという点においても適切な運用と言い得ます。

Eさんは新卒採用ですが、中途採用についても同様です。採用時の給与がいくらであっても、その採用時の給与に対して翌年度以降の昇給が累積されていくのが昇給管理です。

ここで、新たにFさんという人がこの職場にいたとしましょう。Fさんは25年前に新卒で入社しました。その時の採用時の基本給が月額20万円だったとします。この25年間、毎年1%の昇給がFさんに適用され続けたてきたとすると、今年の昇給後の金額は256,486円です。新卒採用相場が上昇した今年のEさんどころか、5%昇給のDさんよりも低い金額です。もちろん、昇給率に差があるということは、仕事の内容や業績評価の結果などが異なるはずなので仕方がない面はあるにしても、勤続25年の社員と1年や0年の社員の間で給与の逆転現象が起きるのは、十分に問題視されそうです。

もし、Fさんが5年前に管理職に昇進して、その際に10%の昇給があり、その後は管理職だから毎年3%の昇給が行われたとすると、今年の昇給後の金額は308,116円となります。これは管理職ではないAさんの金額を下回ってしまいます。これもまた、問題視されるべきものです。

こうした現象が生じるのは、昇給管理のもつ原理的な欠陥です。いくら昇給を給与管理の指標にするとは言え、さすがに管理職と非管理職で給与額の逆転が発生するようでは、組織が維持できない虞が大です。そこで、管理職手当を5万円以上(金額は職位によって異なる)別途支給するとか、賞与の支給月数で管理職を優遇する(注10)といった措置を取ることが要請されます。

もしFさんが給与について不満をもつならば他社に転職すればよい、と思われる方も多いでしょう。そうした転職者が多く発生した結果、会社が給与管理のありかたを再考するケースもあるかもしれません。

しかし転職には至らず、単に給与や会社に不満をもつだけの社員を増やすかもしれません。そして、給与や昇進への不満の捌け口として、管理職やベテラン社員が部下や若手社員にハラスメントを行っているのかもしれません。こうした情況に至っているほうが、企業経営上より重大な問題と言えるのではないでしょうか。

昇給管理のもつ原理的な欠陥は、給与など労働条件における市場競争力が金額の大小で判断される問題であるのに対して、社内基準が金額の大小ではなく給与の変動幅(昇給)の大小で判断している点にあります。昇給管理を仕組みとして維持している限り、社内における給与額の逆転現象は不可避です。根本的な解決策は、昇給管理から脱して絶対額管理に転換することにほかなりません。

昇給管理を採用している場合、初任給の引き上げに伴う給与額の調整は論理的には不要です。しかし、昇給管理自体のもつ制度的欠陥が給与制度全体の抜本的な見直しを要求する契機となります。

 

【注9

全員一律に基本給を3%昇給(ベースアップ)させると同時に、評価結果に応じて10,0000円(2,000円刻み)の評価昇給を行うというやりかたもあれば、ベースアップは一律5,000円とし、評価結果に応じて基本給を50%(1%刻み)個別に昇給させるという方法もあります。

 

【注10

非管理職が労働組合に加入している場合、賞与の支給月数も労使交渉で妥結する必要がありますが、管理職は一般に非組合員であるため、労使交渉は必要ではありません。非管理職については基本給の年間6か月分を賞与として支給するのであれば、その月数に3か月を加算して9か月分を管理職には支給するといった内規をもって管理職を年収ベースで優遇することは可能です。この場合、会社の業績が不振になれば、管理職の優遇分から削減して人件費をカットすることに着手することが予想されます。

 

作成・編集 人事戦略チーム(202467日)

 

 

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(8)~人件費管理との整合性を取る~

 

今回のコラムの最後に、初任給引き上げの経営全体への影響を考えてみましょう。前回まで述べてきたように、初任給の引き上げは、程度の差はあっても、社員全体の給与・賃金・報酬を引き上げることにつながります。実際、引き上げることをしないと、初任給以外の給与水準が社外との競争において優位性が失われるかもしれませんし、社内における衡平性も損なわれると危惧されます。

一方、初任給に限らず給与を全体的に引き上げるとなると、その分の人件費は増えます。増えた人件費に見合う分を価格に転嫁したり、人件費以外のコストを削減したりすることで利益率を維持できるのであればよいのですが、そう簡単にコストを削減できるわけにはいきません。エネルギーコストや物流費、原材料費など人件費以外のコストも増加する傾向にある以上、コスト構造を全体的に見直すことも必要です。

初任給がいかに大幅に引き上げられたとはいえ、人件費も同じように大幅に増大するというのでは、企業経営とは呼べません。少なくとも、人件費を適切に管理し、人件費のコスト構造を不断に見直していくことが要請されます。

そこで、まず人件費の内訳について考えてみましょう。

 

(狭義の)人件費=(財務会計上の)直接人件費+間接人件費

(広義の)人件費=(狭義の)人件費+人に関わる人件費以外の諸費用

 

人件費を最も狭く捉えるならば、財務会計上の直接人件費、即ち、給与、賃金、報酬、賞与、退職金、諸手当など現金で役員や従業員に直接支払われるもの、外注加工費及びストックオプションなどの株式連動型の報酬を加えたものに、法定福利費と会社が独自に行う法定外の福利厚生費を加えた間接人件費を合算したものとして捉えることができます。

ただ、組織が人に関わる費用として負担するものは他にも多々あります。例えば、教育研修費、業務委託費、事務代行に要する費用、顧問料やコンサルタント料、弁護士や会計士など専門家に支払う費用などです。通勤や在宅勤務に要する費用、交通費、社有車や契約ハイヤーなどに支払う費用など、広義の人件費はその範囲を目的に応じて定めないと、無定見に広がってしまうかもしれないほどです。

 広義の人件費を適切にコントロールすることは是非ともとりくまなければなりませんが、ここでは、経営におけるインパクトが最も大きく、社員一人ひとりに直接関係する「直接人件費」に絞って考察を進めます。

 さて、直接人件費は次のように分解することができます。

 

直接人件費=1人あたりの平均の直接人件費×対象人数

 

つまり、直接人件費をコントロールするということは、1人当たりの平均の人件費をコントロールするか、または対象人数をコントロールするか、という管理指標の選択の問題なのです。

1人当たりの平均の人件費をコントロールするということは、月次の給与で昇給した分は会計年度(1年間)の間で増加分を吸収しようとすることに他なりません。つまり、賞与などの毎月支払うわけではない現金給与分を削減することになります。要は、賞与の支給月数を削減するなどして、1年を通じてみると年収ではあまり増えていない状況を作るのです。ただ、このアプローチは、よほど会社の業績が悪化していないと、社員全体にネガティブな影響を及ぼすであろうことは誰にでも予想ができます。

対象人数をコントロールするというのは、文字通り、役員や社員の人数を削減することです。現実的に言えば、顧問や相談役といったものは全廃した上で、1人当たりの直接人件費が高い層から人員削減を行うことになります。社内取締役や執行役・執行役員クラスが最初の対象グループで、次に上級管理職から管理職全体、一般の社員は最後に対象とすべきでしょう。

このように階層別に行う以外にも、部門別に人員削減を行うことも考慮すべきです。稼げない(収益性の低い)部門は元より、相対的に稼ぎが少ない部門も会社分割して独立(スピンオフ)させたり他社と合併(カーブアウト)させたりすることで、結果的に収益性の低い部門(=人員)を削減するわけです。自社に残すのは、現に多くを稼ぎ出している部門や、今後の事業成長が高く望める部門に限ります。

部門別に組織や人材を再編するということは、時には業界再編にまでつながるかもしれません。同じ業界で同じような製品やサービスを提供している企業は、何社も必要ではありません。そこで、製品やサービス、時には部門単位で組織再編や企業間の人材移動を行い、相互に強い部門を確立していくのです。

中小企業においても同様です。DXが得意な会社があれば、その業界向けのDX製品を提供することに特化して、元の製品やサービスは他社に譲渡するほうが互いに利益率が向上する可能性が高くなります。ラーメン店がラーメン店向けに開発したDXサービスがあるならば、それに特化してラーメン店そのものは同業者に売却するという方法です。ラーメン店でなくても、工務店でもクリニックでも工場でも小売店でも、同じことが言えます。

給与引上げと同時に進む人員削減は既に珍しいものとは言えません(注11)。その人のもつ経済的価値を給与額という最も理解しやすい形で明らかにするには、半ば強制的に組織内外に人材流動性を引き起こすことが求められます。初任給の引き上げとそれに伴う給与調整は、多少の時間のずれはあっても、給与・人材・組織の構造的な変化を必ず招くものなのです。

 

【注11

「早期・希望退職者」募集は年間1万人超ペース 空前の賃上げの裏側で加速する構造改革 | TSRデータインサイト | 東京商工リサーチ (tsr-net.co.jp)

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024612日)

 

 

 

 

 

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