仕事に対して処遇するには(7)
今回のコラムで述べてきたように「仕事」に対して処遇するという場合、給与体系は職務給であるはずと思い込んでいる方々もいるようです。そこで補足として、職務給とはどういうものであるのか述べた上で、「仕事」を処遇の基軸とすることと職務給との関連性について考えてみたいと思います。
一般に職務給と言えば、個々の職務毎に給与額や昇給率が決定される賃金管理の仕組みであるとイメージを持っている人もいるでしょう。実際には、ひとつひとつの職務について金額を定めるのではなく、職務のグレード(等級)別に賃金の幅(レンジ)や昇給について一定のルールの下に金額を提示し改定していくものを言うことが多いでしょう。具体的な方法については、厚生労働者でも例示しているものがあります(注)。
本来は、同一労働同一賃金というのが法的にも原則であるはずです。しかし、実態としては、同じ仕事をしていても、同じ賃金が支払われているとは限りません。例えば、基本給は同じであっても、扶養手当や住宅手当などの諸手当の支給額が異なるのはよく見られます。そもそも基本給ですら、最終学歴や年齢、採用区分(新卒か中途か、転勤ありか地域限定か、いわゆる正社員か期間限定雇用かなど)、入社年次や勤続期間などが異なれば、金額が違うのが通例でしょう。
こうした違いは、職務給体系を導入・運用している組織でもあります。職務給というのは、基本給の全体または一部を規定するものに過ぎません。基本給自体に職務以外の要素で定められるものがあれば、自動的に「仕事」が賃金の全てを決定するとは言えなくなります。
仮に職務給が導入されている組織であるとしても、現に担当している「仕事」が異なっていても同じ職務グレードということは十分にあり得ます。反対に、基本給が職務給だけで決まる組織で同じ「仕事」を担当していても、その職務グレード(等級)に在級している年数が違えば、その職務グレード(等級)での昇給回数が違うので職級の金額が互いに違うということもあり得ます。
そもそも「仕事」をどの職務グレード(等級)に位置づけるのかという、職務給制度の基本的な課題も容易に解消できるものではありません。よくあるのは、同じ営業職でも、新規に開設した営業拠点で新規開拓を中心に活動する営業担当と、既に確立した営業拠点で既存顧客を中心に決められた通りに動く営業担当を、同じ営業担当として同じ職務グレード(等級)に位置づけてよいのか、という問題です。
試行錯誤しながら地域にあった営業戦略を組み立てて未知の顧客(潜在的な顧客層)にアプローチするので「仕事」の難しさやストレス耐性などは明らかに前者のほうが高い水準で要求されそうです。一方、売上目標など持っている数字が大きいのは後者ですから、業績へのインパクトは後者のほうが大です。
また、同じ営業部店でも扱う製品・サービスが異なるとか対象とする顧客層が違う場合(法人と個人、同じ法人でも中小企業と大企業、企業向けと官公庁向けなど)に、同じ職務グレード(等級)でよいのかどうかも議論になりやすいでしょう。
もちろん、ここで例として挙げた営業以外の職種、研究開発でも人事・総務・経理・財務でもITエンジニア・物流・生産管理・生産技術でも、同様の問題は起きます。
こうして「仕事」をどの職務グレード(等級)に位置づけるのかという課題が、職種や部門などによってさまざまに生じてしまいます。担当者レベルの職務グレード(等級)ではルールや仕組みの統一性で説明しきれないこともないでしょう。しかし、管理職、特に部長や本部長などの上級管理職、そして執行役員レベルのポジションとなると、ひとつひとつのポジションを評価することになりますから、本人が想定しているよりも低く評価された当事者の不満や、ライバルのポジションよりも自分のポジションが同じまたは低いグレード(等級)とされた人の不平は、社内抗争に火をつけることになりがちです。昇進以外の人事異動(部長同士を入れ替えるなど低いグレードに異動するようなケース)も実施しにくくなるでしょう。
また、職務給制度のテクニカルな課題として、賃金の見直しや改定のやりかたも無視できません。近年のように初任給水準が大幅に上昇するような状況では、新卒入社者の職務グレード(等級)に相当する賃金が上昇するので、それよりも上位グレード(等級)賃金もそれなりに上昇させる必要があります。この点は、以前にもコラムで採り上げたことがあるので、こちらを参照してみてください。
さて、「仕事」に対して処遇するということを賃金制度上も貫徹しようとすれば、「仕事」ひとつひとつに値段がつくことになります。そして、その値段は、基本給や諸手当で構成される必要はなく、固定給として〇〇万円、(もしあれば)変動給が最大で××万円というように、シンプルなものになるはずです。但し、支払い方法として固定給を12分割して毎月〇〇〇円などの取り決めは必要ですし、所得税や社会保険料などの控除の面で不利益を被らないように支払うタイミングや支給の名目についてはそれなりに工夫が求められます。
このように「仕事」に対して処遇するわけですから、広い意味では職務給と呼ぶことは妥当でしょう。とは言え、職務グレード(等級)を定義してそこにそれぞれのポジションを当て嵌めたり、職務グレード(等級)別に給与の金額やレンジ(幅)を定めたりすることは必ず行わなければならないわけではありません。
実際、職務グレード(等級)自体がなくても構わないのです。「仕事」の内容を記したジョブディスクリプション(職務記述書)とセットで、雇用条件を記したものがあればよいのです。その雇用条件のなかに賃金の金額や支払方法なども明記しておくことは必要です。
職務グレード(等級)別に給与の金額やレンジ(幅)を定めたりすることもせずに、どのように賃金額を決定するかというと、社外水準との比較において定めることになります。社外の労働市場において採用対象となるような仕事をしているであろうポジションの給与水準から推定することになります。
また、賃金額の相場がわからない場合には、既にわかっている「仕事」から不明な「仕事」の値段(オファーする賃金額)を推定することになります。ちなみに、上位の「仕事」と下位の「仕事」から中間値などを決めたり、自社の「営業マネージャー」が社外の営業部長なのか営業課長なのか判断しがたいのであれば、それぞれの値の中間値と推定したりするなど、いわゆるスロッティングという方法を用いることもよくあります。
もし、こうした推定が間違っているとしたら、安いほうに就いている人が他の「仕事」(社内か社外かは問わない)を探して現在の「仕事」を辞めていくのが自然です。特に労働市場での変動が大きい状況では、数か月程度のスパンで推定を繰り返していかないと空きポジションだらけになってしまうかもしれません。故に、なるべく短期間で賃金額の推定を繰り返していくことで、競争力のある給与水準に収斂していくことが求められます。
このように「仕事」を処遇の基軸にすると、通例上の職務給制度とは異なるかもしれませんが、敢えて呼ぶなら、職務給制度と言えなくもないのです。実際は名称に拘る必要はありません。要は人を見て値付けするのではなく、「仕事」に対して値付けすることが重要なのです。それを職務給と呼びたければそう呼称すればよいだけです。
むしろ最も重視すべきは、CEOなどの経営トップ(常勤役員として組織全体の最終的な責任を負うべき最高位のポジションのこと)について、その「仕事」が明確で責任追及が最も厳格であることです。従って、取締役会の責任、とりわけ指名委員会や報酬委員会の責任は重大です。そこが機能していない限りは、他の役員や管理職、ましては一般の社員について「仕事」を処遇の軸とするのは無理であることは、十分に理解されるでしょう。もちろん、役員レベルの報酬も、社外の役員報酬レベルとの比較・検証を経て、委任契約の一部として明示されるものです。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年4月18日更新)
【注】
厚生労働省のHPでは、以下のような職務給に関する説明資料が公開されています。
職務給の導入に向けたリーフレット001400270.pdf
職務給の導入に向けた手引き001421613.pdf
中小企業のモデル賃金制度001375313.pdf